第21話 撤収 ─奈落からの帰還─

 ノヴァが引きずるようにして距離を取る。


「ノヴァ!」アドが声を上げ、遮蔽物の合間を縫って駆け寄る。


「……足、撃たれた……けど、大丈夫……」


 ノヴァは片膝をつきながら、足を押さえ、顔をしかめる。出血はしているが、致命傷ではない。だが長くは動けそうにない。


「よく撃った、トミー。……今ので助かった」


 ノヴァがトミーの方を見やる。まだ、震える手で銃を握りしめたままだった。


 トミーは視線を合わせようとしなかった。代わりに、目を大きく見開いたまま、ただ呆然と立っていた。


 自分が撃った。

 撃って、人を殺した——。


 その現実が、心の中でまだ整理がつかず、喉の奥で鉛を飲んだような感覚に襲われていた。


 そこへ、再び銃声が室内に響く。


 ——ダッッ! ババババッ!


「くそっ、まだ残ってるか……!」


 ジークの怒声と共に、コンテナの向こうから敵兵の応戦が続いた。


「ノヴァは下がってろ。ジーク、右から回り込め!」


「了解!」


 アドが指示を飛ばしながら、ノヴァの肩を軽く叩いて立ち上がる。


 その瞬間、天井付近で何かが動いた。


「撤収──!!」


 その声を合図に味方のエージェント達が一斉に飛び込んで来た。支局からの応援が、ここにきてようやく到着したのだった。


 彼らは応戦する部隊と救出部隊とに別れ、トミーとノヴァはそれぞれ二人のエージェントに抱き抱えられ、その場を退散した。


 傷を負ったテスもエージェントの肩を借り、その場を後にする。


 アドとジークは援護射撃をする者たちの後ろをすり抜け、待機していた車に飛び乗った。


 5人の救出が完了すると車は発進し、応援部隊も一斉に引いた。


「撤収」は、どんな任務についていても、全てを放棄し、その場から3秒以内に引き上げる、いわば「命を守る」ための組織のルールだった。


 アドとジークの乗った車にはジョイが控えていた。


「遅えぞ。お前ら」


 アドが憎まれ口を叩くとジョイは、


「仕方ねぇだろう。銃撃戦になると思わねぇから、人手を増やすのに時間がかかったんだ」


 と愚痴をこぼした。


 テスとノヴァは救護のいる車に乗り、それぞれに手当てを受けた。

 そして、トミーの車にはイヴァンが乗っていた。


「大丈夫ですか」


 イヴァンが尋ねてもトミーは青ざめたまま、口を聞かなかった。


「無事で良かったです」


 そう言ってイヴァンはトミーの握りしめていた銃をゆっくりと受け取った。


 ◇


 この日を境にプロジェクトチームは解散した。


 支局の命令(ミッション)によって集められたチームは、裏切り者の発覚に伴い、計画の中止を余儀なくされた。


 裏切りによって起こった新たな任務『裏切り者の処分』は彼の遺体回収により完了となった。


 その後、互いの連絡の取り合いなどはないが、怪我の為、組織内の医局にはテスとノヴァが搬送された。だが、彼女らは検査入院が済むとそれぞれ退院していった。


 トミーは裏切り者のジャスを手にかけたことへのショックから立ち直れず、療養所へと移された。


 彼を見舞い来るメンバーはいなかった。

 ただ、1人を除いては──。





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