第20話 激突 ─五影の攻防─

 突然目の前に現れた男にトミーは呆然となった。


「ジャス……!」


 だが、彼とは対照的に、4人は最後の力を振り絞って駆け出す。


 ジャスは振り向きもせず、搬送用の昇降リフトへ飛び乗ろうとしていた。


「逃がさない!」


 ノヴァが投げた鉄パイプが地面を叩き、ジャスが足を取られた。


 よろけるその背中へ、アドの声が飛ぶ。


「投降しろ。これ以上、逃げ場はない」


 すると、ようやく止まったジャスがゆっくりと振り返った。


「降参なんかしないぜ、アド」


 薄い笑みを浮かべたジャスは一通り回りを見渡し、その視線をトミーで止めた。


「……やっぱ、君たち優秀だね。あんなロックダウンも突破しちゃうなんて」


 皆もアドに寄って来る。アドは静かに言った。


「お前が俺たちを裏切った理由……!」


 ジャスが止まった。


 その一言が、すべての音を止めた。


 ジャスの動きが、完全に止まった。

 足を開いたまま、昇降機の淵に立ち、ゆっくりと振り返る。


 光の届かないその顔に浮かんでいたのは——不敵な笑みだった。


「お前ら……それを聞く覚悟はあるんだろうな?」


 目だけが、時間の止まった空間で、異彩な光を宿していた。


 数秒の沈黙。誰も言葉を発せず、ただ、重たい問いだけが空気を押し潰していた。


「理由は──これさ」


 その声を皮切りに、四方の壁面から工作員たちがなだれ込んでくる。

 壁に隠されていたパネルが開き、数人ずつ黒装束の兵が侵入。

 同時に、背後の扉からも敵影が現れた。


「伏せろッ!」アドが怒鳴った。


 パンッ!


 誰かが照明を撃ち抜く。

 破裂した電球が火花を散らし、室内は一気に暗転した。


 そして、銃撃戦の始まりだった。


 ババババッ!……ダダッ、ダダッ!


 断続的な銃声が冷却室に響き渡る。

 火花が散り、跳弾が鉄の床を叩く。ユニットの表面が弾痕で削られ、霜が爆ぜる。


 テスが柱の影に滑り込み、反撃を開始する。ジークは通路を背にして銃を構え、正面の敵と交戦となった。


「ノヴァ、左列を抑えろ! ジーク、右を回り込め!」アドの指示を銃撃音が貫いた。


「後ろ! 背後からも来てる!!」テスが叫んだ。


 ノヴァは鉄パイプで敵兵のショットガンを弾き飛ばし、逆にそれを奪って構える。容赦なく彼女を襲う銃弾に、床を転がるように移動し、通路の敵に向かって反撃に転じた。


 一方、トミーはコンソール裏にしゃがみ込み、耳を押さえたまま身動きが取れずにいた。

 閃光。轟音。恐怖。


 すべてが現実とは思えなかった。


 その時だった。


「動くな! トミー!」


 頭から降るような声が響いた。


 顔を上げるといつの間にかノヴァが覆いかぶさるようにやって来ていた。


「あんた人を撃ったことはないんだろ? だったら撃つな。壁にピタリと背中を当てて狙われた時だけ撃つんだ」


 ノヴァは周りの様子を見ながらトミーに指示を送った。いわれるがまま、トミーも銃を取り出した。


「敵に居場所を知られたら狙われるから、極力じっとしてんだよ」


 トミーは銃を握り締めた。トリガーに添える指が震えたままだった。


「あとで迎えに来るから──生きて帰ろうぜ」


 ノヴァはそう笑い掛けると、すぐさまその場を離れた。


 コンソールにも容赦なく弾は当たり続けた。この場は持たないかも知れない。

 そう感じたトミーは周りを見回し、その場を離れようと考えた──次の瞬間。


 風。


 真横から、わずかな気配が吹き抜けた。

 ノヴァもまたその気配に振り返った。


「——トミー、伏せろッ!!」


 彼女が叫ぶと同時に、トミーを狙っていた銃口がノヴァに向き直った。


 ——バンッ!!


 銃弾がノヴァの足を撃ち抜いた。


「ぐッ……!」


 膝をついたノヴァの視界の先に、ジャスがいた。


 いつの間にか背後に回り込み、無音で銃を構えていた。


「いい反応だ、ノヴァ。でも——ここで終わりだ」


 銃口が、倒れかけたノヴァへと向けられる。


 ノヴァも、痛む足をこらえながら両手で銃を構え直した。


 次の瞬間——銃声が、3発響いた。



 ◇



 ノヴァの弾は、ジャスの右足を撃ち抜いた。

 ジャスの弾は、ノヴァの頬をかすめた。


 そして——


 トミーの弾が、ジャスの胸を撃ち抜いていた。


 男の体がふらつき、胸元から血が滲む。


「……これだから、素人は……」


 ジャスの体が、ぐらりと揺れる。


 胸を押さえた手の隙間から、じわりと赤黒い血がにじみ出る。

 それでも、まだ口元には笑みが浮かんでいた。


「……肩を狙えって……教わっただろ……? 下手クソっ……」


 トミーを見たまま、口元で嘲笑うように吐いた。


 しかし、その体はもう限界だった。


 膝から崩れ落ちるように倒れ、冷え切った床に重い音を立てて沈んだ。


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