第06話 接近 ─ニアミス─
「またサーバー、見に行くの?」
テスがトミーに声を掛けた。
「挙動を見ておかないと、また誤作動されたら6人ともお陀仏だからね」
修理屋を装っていると、こういう時には都合がいい。どの機械を触っても「修理」の一言で片付く。チームの皆も彼の行動を疑うものはいないはずだ。
◇
サーバーの扉を開け、端末にログ抽出用ツールを接続して、コマンドラインを操作する。
“メカニック用管理者ID”を使ってアクセス権限を取得した。
[サーバー内:ファイルアクセス監査ログ表示]
大量のアクセス履歴がスクロールしていく中、特定のタイムスタンプに絞り込む。
トミーはその様子をじっと眺めていた。
「時間は……空調と扉のトラブルが発生する15分前。その時点でUSBデバイスがマウントされ、外部メディアに書き出しが発生してる」
独り言をつぶやき、目を見開いて、書き出されたファイル群を確認していく。
[抽出されたファイルリストの一部]
/netsec/internal_layout.png
→ アジト内LAN配線図のスキャンデータ
/access_logs/door_logs_7days.csv
→ セキュリティ扉のアクセス履歴
/ops/config/network_firewall.yml
→ ローカルファイアウォール設定ファイル
/devices/console_debug.log
→ テスとトミーが実験していたファン制御装置のデバッグログ
/comms/admin_pass.tmp
→ 通信担当のテスが一時的に保存していた暗号化済み認証キー(パスワード)
次々に流れる内容をトミーは無言のまま、それらを読み解いていった。
ディスプレイの中で、情報が次々とスクロールしていく。だが、ファイルのサイズはごく小さかった。そのため、実際のダウンロード時間は約15秒以下で済んだ。
ダウンロードが済むと、トミーは大きくため息を着いた。
(狙いは、このアジトの“構造”と“通信認証”、そしてセキュリティ穴”……工作員が潜入するなら、絶対に必要な情報だ)
スパイがいることは確定した。気の乗らないまま、手元のメモにファイル名とタイムスタンプを控え始めた。
敵のアジトなどでやるならどんなに気が楽だろう。だがここは自分たちのアジトだ。
『あんたのドジ次第では、うちら全員ヤバくなるって意味。わかる?』
テスの声が心に響いた。
「いや、俺のせいじゃないから……」
誰にでもなく独り言を呟いたその時だった。
別端末のモニターに警告が表示された
《WARNING:同時接続中のセッションが存在します》
(誰かが、別の場所から同じログにアクセスしようとしている!)
気づくと同時に、咄嗟にLANケーブルを引き抜いていた。
“カチッ”という音が、静寂の中で妙に大きく響いた。
同時に通信が途絶え、警告はフリーズしたまま、画面に固定された。
「誰かが“ログの痕跡”を消そうとしている。俺と同じ痕跡を――追っているのか、それとも隠そうとしているのか」
しばらくサーバーを見つめた。しきりに点滅していたアクセスランプは静かになり、やがて途絶えた。
「もういいかな」
そう思いながら、念の為時計を見た。そこから更に5分待って再度LANケーブルを繋いだ。
“カチッ”
LANケーブルを再接続した瞬間、ラックの通信ランプが小さく明滅を始めた。
外部との接続が復活する。サーバーのステータスはすぐに安定した。
トミーは持っていたミニカッター型のUSBをサーバーに挿すと暫くキーを叩いた。
(仕込みは完了。あとは『そいつ』が食いつくのを待つだけ……)
嫌な汗が流れた。だがそれをぬぐうこともなく、トミーはUSBドングルを抜き取り、慎重にツールボックスの中へと仕舞った。
◇
休憩室は照明が落ち、非常灯の明かりだけが灯っていた。トミーはそのまま隣接する部屋へと移った。
百戦錬磨の彼らなら爆睡はしないだろうが、起こす訳にもいかないので、なるべく音を立てずに自分の寝袋へと滑り込んだ。
見上げる天井は遠かった。そのはっきりしない闇の中でトミーは考えていた。
(まだ“誰が”USBを使ったかまでは分からない……
でも、“何を持ち出したか”は分かった)
そしてゆっくりと目を閉じた。
(次に狙われるのは、俺たちそのものだ)
生き物の気配すら押し殺したような静寂が、全ての世界を包み込んでいった。
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