第05話 制御 ─サーバールーム─
お昼も食べ終え、テスはソファで休んでいる。トミーは1人、工具箱を提げ、ふらりと立ち上がる
◇
「トミー? どこ行くの……?」
テスはスマホから目を離さないまま、指先を細かく動かしていた。
「サーバー見てくる。あの暴走の原因がないか調べてくる。ついでに部品の熱も見ておくよ。基盤とか、長時間だと不安だから」
トミーがそう言うと、テスはスマホを見たまま、手のひらをひらひらと振って返した。
「了解~。爆発だけは勘弁ね……」
トミーは軽く手を振り返し、部屋を出て行った。
◇
サーバールーム。と言ってもアジトで使われるものはそこまでの規模を持たなかった。
通路の両開きの扉を開くと、ラックがこじんまりと鎮座していた。かすかにうねる音が、息をひそめる獣のようにも聞こえる。
(まあ、不具合があれば原因まで調べるのが、俺たちメンテの仕事だしな)
トミーはこれは業務の一環と自分に言い聞かせてはみたが、トラブルにしては立て続け過ぎる。そう考えると疑問は拭えなかった。
ちらりと見たケーブルにも、違和感があった。綺麗にたぐられ、まとめられたケーブルの一部に、たぐり方の違う個所があった。別の者が触った形跡、それがトミーの不安を掻き立てていた。
持って来た管理用端末を空いた棚のスペースに置いて起動させた。サーバーラック横のUSBポートに小型ドングルを接続し、LAN解析を開始させる。
画面を確認しながら内部ログにアクセスすると、堰を切ったように、制御装置群の操作ログが並び始めた。
タイムスタンプ、実行コマンド、使用された管理権限――。
眺めていたトミーは眉をひそめた。
「……一件だけ、妙なのがあるな」
ログデータの中に、USBストレージ経由でプログラムの一部が書き換えられている痕跡が見つかったのだった。
(制御ソフトの改変……インストール経路は“ローカルUSB”…? LAN越しじゃない。誰かが、直接ここで物理的に差し込んだ)
トミーは口に手を当てたまま、ログの内容を1つずつ丁寧に確認していった。
すると、画面の一部に“記録デバイスの取り外し”の痕跡が見つかる。だが、接続したユーザーIDがログには記録されていない。強制匿名化か、別アカウントを使った可能性も視野に入ってくる。
トミーは静かに目を細めた。
(上書きと同時に痕跡を消す手口……素人じゃない。これは“中の人間”の仕業だ)
トミーは解析されたデータを見ながら暫く固まったままだった。
起こってはならない事実を突きつけられた彼は、深く息を吐き、無表情でドングルを引き抜いた。
「……でも今は、確証がない。証拠も、不完全」
確認を済ませたトミーは扉を閉めて深くため息をついた。
◇
休憩室に戻ると、テスは相変わらずソファに寝転んでスマホをいじっていた。トミーは何事もなかったかのように戻って来た。
テスはスマホから目を離し、くるりとした目をトミーに向けて言った。
「どう? 焼けてなかった?」
トミーは軽く肩をすくめて答えた。
「多少焦げ臭かったが……熱は問題ないよ。念のため、ヒートガード追加しといた」
テスは再びスマホに目を戻し、指を動かし始めた。
「頼むよ修理屋さん。これ以上のトラブルであたしの持ち物に被害が及ぶのだけは避けてよ」
冗談とも本気ともつかない言葉に、トミーは苦笑いを浮かべながら返した。
「まぁ、空調は一応安定してるけど、あくまで応急処置だからな。冷媒系のユニットが劣化してる。部品交換までは油断できないよ」
そう伝えるとテスは身を起こしてトミーに言った。
「……それ今言う!? フラグじゃん……!」
「確かに。起きる前に処理するのが、メンテナンスの役目ですから」
すました顔でトミーは答えた。そして、さり気なく、これからの行動がメンテ作業である事を印象づけた。
笑いながらも、その目は静かに、どこかを見据えていた。
◇
トミーはツールボックスを開く。一見無造作に置かれたパーツのようだが、ここにも“配置”は存在していた。中のトレーを引き抜き、二段目を確認する。動きの形跡は無かった。
(まさか、これを使う事になるとはね)
ツールボックスの二段にはビスやミニカッター、銅線などのこまかな物が詰め込まれた、小さなケースが入っていた。その中から、5センチほどのミニカッターを取り出す。
カッターをスライドさせると、現れたのは刃ではなくUSB端子だった。存在を確認したトミーは慎重にそれを再びケースの奥へしまい込んだ。
(外部への通信が封鎖されてるってことは、情報を持ち出すならUSB……。だとすれば“何を持ち出したか”は、サーバーのファイルアクセスログを洗えば分かるはず……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます