四、次の任務へ

 朝露の残る草を踏みしめながら、三人は荷をまとめた。

 忍び装束を裏返し、粗布を纏った村人姿へと変えていく。


 谷河内やごうちは手早く着替えを済ませ、背伸びをひとつ。

 隣では──澄真すまが、着替えたはいいものの、着物の合わせが緩んでいた。


 帯はねじれ、袖は片方だけ裏返ったまま。


 かいは何も言わず、当然のように澄真の前へ歩み寄った。


「じっとしていろ」


「うん」


 澄真は当たり前のように身を任せた。

 魁は衿元を整え、裾を直し、帯をきゅっと締め直す。

 その手つきは慣れたもので、まるで“いつもの朝の習慣”の延長のようだった。


 その光景だけで、二人がどう育ってきたのかが分かる。

 私生活が壊滅的な澄真と、しっかり者で世話焼きの魁。

 幼い頃からずっと、こうして魁が面倒を見てきたのだろう。


 谷河内はそれを見て、肩をすくめ、深く長い溜息をついた。


「……おい魁。甘やかしすぎじゃないのか?」


 二人が同時にきょとんとする。


「なにがだ?」と魁。


「なにって……いや、お前ら……」


 谷河内は指先で二人を指し示すが、言葉が続かない。


「なんの話?」と澄真が小首を傾げる。


 その顔は本当に分かっていない。


「…………もういい……」


 澄真の支度を終えると、魁は袖の内から小さな紙と筆を取り出す。

 その紙にさらさらと何やら文字を書いていると、小さな白い鳩が一羽、まるで待っていたように彼の肩へ舞い降りた。


「なんだその鳥?」


 谷河内が不思議そうに目を細める。


「可愛いなぁ。魁に懐いてるね」


 澄真は鳩の顔を覗き込み、無防備な笑みを浮かべた。


 魁は淡々とした手つきで鳩の足に書状を括りつける。


「懐いているわけじゃない。望月で試している情報の伝達手段だ」

「鳩が、か?」

「そうだ。帰巣性を使う」


 鳩の頭をひと撫でし、「頼んだぞ」と静かに声をかけると、鳥は軽やかに空へ羽ばたいた。朝の光を反射しながら、小さな影が高く昇っていく。

 澄真はその軌跡を追い、目を細めた。


「今の、どこへ飛んでいくの?」

「昨日の報告と、今朝の予定を書き記した。あれは望月の屋敷へ真っ直ぐ行って、書を届ける」

「へえ!鳥って賢いんだな!」


 谷河内が興奮気味に笑う。

 魁はその調子に乗るでもなく、ただ空を見上げたまま言った。


「鳩の方が、すぐ迷子になる澄真よりは確実だ」

「なんで皆して俺のことバカにするの!!」


 澄真が口を尖らせると、谷河内は腹を抱えて笑い出した。


「拗ねた拗ねた」

「拗ねてない!」


 そう言いながら、澄真はとことこと前へ歩き出す。その背中を追いながら、三人の足取りは自然とそろっていった。



 やがて、城下町へ続く街道に入る頃、谷河内が声を落としてぼやいた。


「しかしよ……町方まちかたの連中と一緒の任務ってのが気に入らねぇ。向こうのやつら、妙に俺らに冷てぇし」


 魁は短く息を吐いた。


「我々と壁があるだけで、町忍まちしのびは優秀だ。あいつらの情報網は、我々戦忍いくさしのびより広い。城下の人間、商家の動き、旅人の顔ぶれまで把握している」

「なのに俺たちにはその情報が回ってこねぇ。そういうとこが気に入らねぇんだよ」


 谷河内は不満を隠さず、歩みを速める。


「向こうも向こうで、俺達を信用してないってことだよ」


 澄真がぽつりと口を挟む。

 魁は頷き、その横顔がわずかに険しい。


「それが今回の隙にもつながったのかもな。暗殺された町忍は既に数人。探索を進めていた連中が次々やられている」


 澄真の表情が引き締まる。


伊織いおり先生、心配してた……“町の影が殺されるってことは、敵が町そのものに紛れてる”って」

「だから俺たちが呼ばれた」


 魁の声は低く静かで、しかし芯があった。


「城下での戦いは逃げ場がねぇから苦手なんだよなぁ……」


 谷河内が肩を回す。


「大丈夫。魁が策立ててくれるから」


 澄真が迷いなく言う。


「ああ。俺の役目だ」


 谷河内は呆れたように横目で二人を見る。


「はぁ……お前ら、距離感どうなってんだ? 澄真は頼りにしすぎ。魁は甘やかしすぎだろ」


「どこが?」

「どこがだ?」


 二人が同時にまったく同じ反応を見せ、谷河内は天を仰ぐ。


「……もういい……」


 風が、三人の足音をそっと撫でる。

 森を抜けた先には、城下町の屋根が遠く霞んで見えた。


 町忍の殉職が続き、誰が味方で誰が敵か分からぬ町の闇へ向かって、

 三人は並んで歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る