二、戦忍(いくさしのび)
野盗の喧騒が消えた村には、倒壊した小屋の軋みと、風が埃を払う音だけが残っていた。
谷河内は肩で息をしながら、刀の切っ先で地面を軽く突き、なんとか立っているふうだった。汗が顎先からぽたりと落ちる。
「……ったくよ……」
声はひどくくぐもり、疲れが隠せない。
「俺ら三人だけで村ひとつ取り戻せって……頭おかしいだろ、どう考えても……」
隣で魁悠は、血の付いた刀を静かに拭っていた。動作は落ち着き、呼吸も乱れない。戦いの最中でも冷静さを崩さない魁悠らしい。
「魁。お前の親父、いっっっつも無茶しか言わねぇよな……」
谷河内が恨めしそうに言うと、魁悠は眉をひとつだけ上げた。
「……まあ。澄真がいる時は特に、だな」
「えっ……俺のせい!?」
澄真は狐面の奥で目を丸くしたような声を出した。
「…俺……御館様に嫌われてたりする……?」
「逆だ。すこぶる気に入られている」
「…………怖いな、それ。嫌われてる方がいいや……」
澄真は狐面の下でぶるりと肩を震わせた。
と、谷河内が顎をしゃくって後方を指す。
「お侍様方が来なすったぜ」
村の状況を確かめに来た武士団がようやく到着すると、魁悠は一歩前に進み、静かに頭を下げた。
その仕草は端正で、場にいる侍たちの視線が自然と彼へ向く。
「戦忍、望月魁悠。
先行して討伐を行いましたので、状況を報告いたします」
声は抑えられ、しかしよく通る。
冷静さと理知がにじむ。
「野盗三十六名、抵抗した者はすべて討ち取りました。
逃亡者は確認できず。
村内は家屋の損壊と物資の略奪跡が多く、住民の負傷者は数名。
死亡者は…四名。遺体は北側の長屋付近に集めてあります」
武士たちは息を吞んだ。たった三人で四十近い敵を――
とても信じ難い数だった。
魁悠は続ける。
「閉じ込められていた村人は全員解放済み。
危険箇所はこの地図の通りです」
そう言って懐から布に描いた簡易図を取り出し、武士に渡す。
線は真っ直ぐで迷いがなく、情報は過不足なく整理されていた。
「後処理──遺体の確認と村人の保護は、そちらにお任せしてよろしいか」
武士たちは思わず姿勢を正し、深く頷いた。
「……承知した。あとは我らが引き受けよう」
魁が深く礼をして谷河内と澄真のもとへ戻ると、三人はその場を静かに離れた。
「──…おい、見ろ」
野盗の遺体を一つひとつ確かめて回っていた武士から唸るような声が上がる。
倒れ伏した死体の向き、刀傷の深さ、散らばる足跡、背景の血の跳ね方。
そのすべてが、たった今まで行われていた戦いの鮮烈さを語り、そして信じ難いほど“整って”いた。
一人の武士が屈み込み、掌で土をなぞる。
刀の走り跡が、無駄なく一直線に残っていた。
「……見事な斬り口よ。迷いがない。
しかも速い……。これでは、野盗どもも逃げる暇がなかったであろう」
別の武士が、喉を掻き切られた野盗を見下ろし、息を呑んだ。
「首の位置……ずれておらん。同じ高さの斬撃が、十以上……。
まるで一陣の風に掠められたようだ」
周辺に散る足跡を丹念に追いながら、年嵩の武士が口を開いた。
「あの十五、六の若い忍びがたった三人でこれを……。
年齢に不釣り合いな、いや、“人間離れ”した手際だな」
「望月が使役する忍び衆というのは……底知れぬな」
声には、驚愕と、小さな戦慄が混じっていた。
野盗の一人は壁際で倒れていた。
その胸には一点深く突き、寸分違わず心臓を貫いた短刀の跡。
周囲には争った形跡すらない。
「中でも――あれは戦忍だろう」
背を丸めた武士が、指でその傷跡を辿りながら低く言う。
「化け物共だよ。……とにかく、味方でよかった、というところか」
仲間が頷いた。
「敵として相まみえるなど……御免こうむるわ」
倒れた野盗を見下ろす視線に、感嘆と恐怖が同居している。
土煙が夕陽に光り、その向こうには、もう小さくなる忍び三人の背。
武士たちはその背中を黙って眺めた。
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