遠い記憶


この道を通る度、思い出す。

あの日を。


普段は頭の片隅にも出てこない、ほんの数日間の出来事。

夢でも見ていたかのような、日々のこと。


「ママ、またぼーっとしてる」

「ごめんごめん、いつも置いていかれちゃうね」

「ママは抜けてるところがあるからな」


誰が見ても、私が見ても幸せな日々。

日常に不満はない。

それでも、この道を通ると無性にあの日に戻りたくなる。


もう名前も思い出せない。

声も確かかもわからないような、彼のこと。

きっと、すれ違ったって気づきもしない、儚い記憶の彼方。


「ママ、まだー?」

「ごめんごめん」


「ママ、そこのりんご飴欲しい!」

「りんご飴...」

「いらっしゃいませ」


ああ、そうだ。

彼の声は、彼の顔は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る