SS小説集
なぎ
空っぽの心
また、何もできなかった。
私には、何もない。
今日も雑音の中、空っぽの体をもぐらせていく。後何回、この道を歩めばいいのだろうか。
何も見ない、何も聞きたくない。
「今の音、何?」
体の奥底から響く音。
地鳴りかと辺りを見回した途端、軽快な音が鳴り響いた。
それが太鼓の音だと気づくのに、どれほどの時間を経たのだろうか。気づけば私は音の虜となり、導かれるようにその場所へと向かっていた。
音の正体がわかるよりも早く、音の塊が押し寄せる。私はどうやら、この世界に吸い込まれてしまったようだ。
軽快な音、力強い音、心地よく胸へと響く。
「ありがとうございました!」
音がやみ、元気な声が聞こえたのちに拍手喝采。そこでようやく、和太鼓を叩く集団がいることを知った。
爽やかな汗、スポーツの汗と呼べば良いのだろうか。私には無縁な表情たちが、こちらを見つめている。
どうやら、高校生の和楽器部の演奏らしい。次の曲が始まる、観客たちが静かに見守る。
周りの音が雑音に感じられないのは、いつぶりだろうか。音が一体となり、心地よく体に響き渡る。
外から聞こえる小さな音など、一ミリも気にならない。
何もなくてもいいのかもしれない。
何もないからこそ、体全体に響き渡るのかもしれない。
力強く叩かれる太鼓。私よりも生きてきた年は短いはずなのに、一音一音の重みは大きい。
彼らは、どれほどの練習を重ね、挫折を味わい、今ここに立っているのだろうか。
私は、彼らのような挫折を知らない。
私は、雑音の中の世界で、ただ体をくねらせていただけだ。
私には何もない。
何もないからこそ、体いっぱい音を感じられた。
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