第33話
一月下旬。大学入学共通テストの日。
張り詰めた空気が漂う試験会場の廊下で、俺は、美咲と華蓮の二人の姿を探していた。この一年間、俺の心を揺さぶり、俺の決意を揺るぎないものにしてくれた、大切な二人。彼女たちを、この最後の試練の前で、一人にはさせたくなかった。
まず、俺は華蓮の姿を見つけた。
華蓮は、参考書を握りしめ、緊張した面持ちで、試験開始を待っていた。その表情は、いつもの屈託のない笑顔とは違い、どこか不安げだ。
「華蓮」
俺がそう声をかけると、華蓮は、ビクリと肩を震わせ、俺の方を振り向いた。
「陽介……」
華蓮の声が、掠れている。その瞳は、俺を見ると、安堵の色に染まった。
「大丈夫だよ、華蓮。お前は、この一年間、本当に頑張ってきたじゃないか」
俺がそう言うと、華蓮は、俺の腕に、そっと自分の腕を絡ませた。
「陽介……私、陽介に、抱きしめてもらいたい」
華蓮の声は、震えている。俺は、華蓮の身体を、優しく抱きしめた。俺の腕の中で、華蓮の身体が、小さく震える。その感触が、俺の心を温かくする。
「大丈夫だよ。俺は、華蓮の、ありのままの姿を、すべて受け入れてやるから」
俺がそう囁くと、華蓮は、俺の胸に顔を埋め、深く息を吐いた。
次に、俺は美咲の姿を見つけた。
美咲は、一人、廊下の窓際で、外の景色を眺めていた。その横顔は、いつもと変わらない、完璧な優等生の表情だ。だが、その瞳の奥には、どこか緊張と不安が入り混じった光が宿っているように見えた。
「橘さん」
俺がそう声をかけると、美咲は、ゆっくりと俺の方を振り返った。
「……日高くん。どうしたの?」
美咲の声は、いつもと変わらない、完璧な優等生の声だ。だが、その瞳は、俺を見ると、一瞬だけ、揺らいだ。
「大丈夫か? 緊張してるだろ?」
俺がそう言うと、美咲は、フッと冷たく微笑んだ。
「大丈夫よ。私、完璧な成績を維持しなきゃいけないから。……それが、私の、唯一の存在価値だから」
美咲の言葉に、俺は胸が締め付けられた。彼女が抱える孤独と、完璧でなければならないというプレッシャーが、痛いほど伝わってくる。
「橘さん。俺は、橘さんの完璧な部分じゃなくて、その内側に隠された、ありのままの橘さんが好きだ」
俺がそう言うと、美咲の瞳から、大粒の涙が、こぼれ落ちた。
「……っ……日高くん……っ」
美咲は、何も言わずに、ただ、俺の胸に顔を埋めた。俺の制服に、彼女の涙が、熱く染み込んでいく。美咲の身体が、俺の腕の中で、小さく震えている。
「大丈夫だよ。俺は、橘さんの、ありのままの姿を、すべて受け入れてやるから」
俺がそう囁くと、美咲は、俺の胸に顔を埋めたまま、深く息を吐いた。
華蓮と美咲。対照的な二人を抱きしめ、俺は、改めて自分の決意を再確認した。俺の決意は、彼女たちを幸せにすること。そして、彼女たちの心を、俺が受け入れてあげること。
受験本番は、彼女たちにとって、単なる試験ではない。
彼女たちの抱える孤独と、情熱が、今、俺の心を突き動かしていた。
俺の「後悔のない青春」は、今、静かに、最後の局面を迎えていた。
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