21 親善試合、終結
「あ……」
ミリエラが小さく声を漏らした。
その頬が、みるみる赤く染まっていく。
「あ、あたしの……ファーストキス……」
彼女は顔を真っ赤にして、俺から距離を取った。
先ほど、俺から受けた荒々しいキスを思い出したようだ。
「今のは、お前を助けるためにやった魔法儀式みたいなものだ。初めてを奪ってしまったのは悪かったけど……いや、治療行為みたいなものだからノーカウントってことにしてもらえるとありがたい」
言いながら、若干の罪悪感を覚える俺。
「……ううん、助けてもらったんだもの。お礼を言いこそすれ、君に悪い感情なんてないわ」
ミリエラは照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとう、ガロンくん」
それから彼女は審判員に向き直り、右手を上げた。
「ミリエラ・シュターク、降参を宣言します」
シン、と周囲が静まり返る。
そして次の瞬間、
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
爆発的な歓声が大勢の生徒たちから湧き上がった。
学園最強の女帝が、その座を陥落した瞬間だ。
そして、それを成し遂げたのは嫌われ者だった『悪役』の豚伯爵――つまり、この俺である。
「すげえええええ! あの豚伯爵が女帝に勝ったぞ!」
「マジかよ……ありえねえ……!」
「ガロン様、かっこいいいいい!」
俺は割れんばかりの歓声と称賛の声を浴びながら、勝利の余韻に浸った。
もはや、俺は学園のヒーローだ。
これで俺の破滅エンドは、また一歩遠ざかっただろう。
いや、もしかしたら、完全に消滅したのかもしれない。
と、そこでミリエラと視線があった。
「……ねえ、ガロンくん」
彼女は恥じらうように頬を染め、
「あたしの初めてを奪った責任、ちゃんと取ってよね?」
悪戯っぽく微笑んだ。
……可愛いな。
俺は不覚にもときめいてしまった。
親善試合から数日が過ぎた。
あの一件以来、俺を取り巻く学園での空気は一変した。
「なあ、あれが噂のガロン・アルガローダだろ……」
「うん。あの女帝ミリエラ先輩に勝ったっていう……」
「見た目はただのデブだけど……」
「でも、キングオークを倒したのも本当らしいぞ」
廊下を歩いているだけで、そんなひそひそ話が聞こえてくる。
以前のような嘲笑や侮蔑を含んだ声は、もうどこにもない。
代わりに注がれるのは好奇と憧憬、賞賛、そして……ほんの少しの畏怖が混じった視線だった。
「きゃっ、ガロン様よ」
「痩せたら超絶美少年になるって本当かな?」
「ちょっと、こっち見てくれたんじゃない……?」
女子生徒たちの黄色い声も明らかに増えた。
まあ、普段の俺は豚伯爵のあだ名が示す通りのデブ男なわけだが、親善試合では大勢の前であの超絶美少年の姿を見せているからな。
あっちの姿込みで、今までよりもモテ度が段違いにアップしたようだ。
実際、俺と少し目が合っただけで、彼女たちはいっせいに頬を赤らめ、熱狂的に騒ぐ。
悪役の豚伯爵だった俺が、まさかこんな扱いを受ける日が来るとはな。
モテ期だ。
既にその兆候はあったものの、親善試合を経て、間違いなく本格的なモテ期が到来している。
まあ、悪い気分じゃない――。
「おはようございます、ガロン様!」
俺が教室の扉を開けると、真っ先に駆け寄ってきたのはラフィーナだった。
ふわふわしたピンクブロンドの髪に、つぶらな瞳。
あいかわらずの可憐な美少女ぶりだ。
本来なら、こんな美少女が俺に好意的な視線を向けてくるはずがない。
実際、ゲーム本編では完全に嫌われていた。
なのに、どうだ。
目の前のラフィーナは明らかに俺にデレている――。
「あの、もしよろしければ、今日のお昼にいかがでしょうか……? わ、私が作りました……!」
ラフィーナが差し出したのは可愛らしいラッピングが施されたバスケットだった。
「ん? もしかして手作り弁当か?」
そんなもの、今までの人生で一度も受け取ったことがないぞ。
こんなイベント、漫画やゲームの中だけのものだと思っていた。
まさか、自分の身の上にそれが訪れるなんて――。
「ガロンくん……じゃなかった、ガロン様、よくお食べになりますから。よかったら、どうぞ」
ラフィーナがにっこりと笑う。
「ありがたく、ごちそうになろう」
俺はニヤリとして、それを受け取ったのだった。
と――、
「待ちなさいよ、ラフィーナ。あんた、まさかガロンに惚れてるんじゃないでしょうね!?」
今度はマナハだ。
さらに、
「あらあら、朝から賑やかね」
学年が違うはずのミリエラまでやって来た。
おいおい、朝っぱらから三人の美少女に囲まれるハーレムシチュエーションじゃないか――。
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