20 魔妖と勝利の口づけ

 ううるるるおおおおおおおおおおおお……っ!


 ミリエラが、咆哮した。


 およそ人間が出している声とは思えない、不気味な咆哮だった。


 実際、今のミリエラは――人間ではなくなっているようだ。


「まさか、魔族……!?」

 疑似的に魔族に変化する【魔妖変化】が、今や彼女の体を本物の魔族に変質させている――?


 驚き、戸惑いつつも、俺は脳内で仮説を立てた。


「があっ!」


 短く吠えて、ミリエラが突っこんでくる。


 翼の羽ばたきを利用し、超スピードで迫る――。


「ちいっ……」


 俺は転がるようにして、かろうじて避けた。


 いや、避けたつもりだった。


「ぐうっ……」


 彼女の一撃がかすったのか、あるいは触れなくてもなおこの威力なのか、右肩の辺りが裂けて血を噴き出す。


 この武闘場の防御結界すら貫通するほどの攻撃力とは――。


「……まともに食らったら死ぬかもな」

「がああああっ!」


 今度は魔力弾を放ってくる。


「!」


 俺は大口を開けてそれを食った。


「がああああああああっ!」


 さらに二発、三発。


 続けざまに放たれる魔力弾を、俺はことごとく食らう。


 元のミリエラなら、俺がスキルで魔力弾を食ってしまうことは分かっているから、わざわざこんな攻撃はしなかっただろう。


 たぶん、あの魔族モードだとミリエラは意識を失った状態なんだろう。


「おかげで、たっぷり食うことができた。礼を言うぜ」


 あとは――『アレ』で仕上げだ。


「はああああああっ……!」


 気合いを込めて、発動する。


 俺の全身が黄金のオーラに包まれた。


 ビヤ樽のような腹が引っ込み、手足がスラリと伸び、顔立ちも端正になり――。


「こいつが俺の【脂肪燃焼モード】だ」


 黄金の魔力をまとった状態で、俺は魔族ミリエラと対峙した。


「さあ――終わらせてやる」


 どんっ!


 床を蹴って突進する俺。


 その速度はデブ状態のときとは比較にならない。


「があっ!?」


 それどころか、人間をはるかに凌駕する身体能力を備えた魔族すら、俺の速度に後れを取る。


 一瞬でミリエラの背後に回り込んだ俺は、魔力弾を叩きこんだ。


「がああうっ……!?」


 苦鳴と共に吹っ飛ぶミリエラ。


 勝てる――。


 今の一瞬の立ち合いで理解した。


 戦闘能力は俺の方がかなり上のようだ。


 おおざっぱな見立てだけど、俺を10として、魔族ミリエラは6くらいだろうか。


 ただ――彼女を叩きのめして終わりということにはならない。


 目的はあくまでもミリエラを正気に戻すこと。


「どうすれば……」



 迷う。


 だが、その間にも魔族ミリエラは攻撃してくる。


 爪で、魔力弾で。


 それらの威力を俺は食いながら、反撃に移れない。


「どうすれば……!」


 さらに迷う。


 そうだ、たとえば――こう仮説を立ててみる。


 今のミリエラを暴走させている魔力自体を『食って』しまえば。


 あるいは、彼女は解放されるんじゃないだろうか。


「魔力自体を……」


 俺はミリエラを見据えた。


 ……ん?


 すると、彼女の胸元に赤い輝きが透けて見えた。


 体の内側に存在するそれは、炎のように燃え盛っている。


 ミリエラの魔力の核みたいなものが、透けて見えているのか……?


「あれを、食えれば……」


 だけど、体の中にあるものを食うことはできない。


 どうにかして、あれを体の外に――。


「があっ!」


 と、ふたたびミリエラが突進してきた。


 繰り出される両腕の爪を、俺はなんとか受け止める。


「ぐっ……」


 すぐ間近に彼女の顔がある。


「ううう……」


 その表情が一瞬、歪んだ。


「たす……け……て……」

「ミリエラ――」


 俺に、助けを求めている……!


「安心しろ」


 俺はニヤリと笑った。


「今、元に戻してやる」


 言うなり俺は、


 ぶっちゅううううううううううううっ!


 ミリエラの唇を強引に奪った。


 その状態で、思いっきり息を吸い込む。


 ミリエラの中にある魔力の核を――吸いだしてやる!


 くちゅくちゅくちゅ……ちゅるんっ!


 勢い余って舌を絡めるディープキスになってしまったが、そのままミリエラの中にある魔力の核を吸い込むことができた。


 ぴろりーん!




『【魔妖変化イーヴィルフォーム】の呪詛を完全に吸収し、魔力値が100上昇しました』




 同時にミリエラの表情が和らぎ、翼が引っ込み、爪が元に戻り、全身を覆う黒いオーラが霧散していく。


 元に戻ったようだ――。






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