17 女帝VS豚伯爵


「【ローズバインド】!」


 ラフィーナの拘束魔法が三年生の女子生徒の全身を縛り上げた。


「ううっ……ま、参った」


 相手が降参し、ラフィーナの勝利が確定する。


 ちなみにこの模擬戦は、防御結界が張られたフィールド内で行われ、攻撃魔法が命中しても結界がそのダメージをすべて肩代わりしてくれるため、選手が怪我をすることはない。


 ただ、命中した魔法は結界によってダメージ値が計算され、あらかじめせていされている生徒のライフポイントから差し引かれていく。


 そのライフポイントがゼロになるか、一方が降参することで勝敗が決まる。


「うおおおおお! これで一年生が二連勝だ!」

「今年の一年、強ええええ!」

「っていうか、あの子可愛い!」

「めちゃくちゃ美人~!」


 歓声が次々に上がる。


 第一試合でマナハが勝利し、さらに今行われた第二試合でもラフィーナが勝利。


 例年、親善試合では三年生が圧勝することがほとんどとあって、この『下剋上』に観客席は大盛り上がりだった。


 そして――第三試合。


「ふうん。これは三年生の威信にかけても負けられないわね」


 闘技場に上がったミリエラが不敵な笑みを浮かべている。


「悪いが三年生の威信とやらを叩き潰させてもらうぜ」


 続いて俺も闘技場に上がった。


「……なんだ豚伯爵か」

「これで一年生側の二勝一敗か」

「あーあ、リドルを出せよ、リドルを」


 と一気にテンションが下がる観客席。


「いや、ちょっと待てい!」


 俺は思わず観客席に向かって叫んだ。


「よかった、君と戦えることになって」


 ミリエラが笑っている。


「お手柔らかにな、先輩」


 俺もニヤリとした笑みを返した。


「出る杭を打つ、ってあたしが言ったこと覚えてる?」


 ミリエラが言った。


 その表情から笑みが消える。


「この間の手合わせでマナハちゃんは潰した。次は君の番」

「あいにくだな。俺は潰されない」


 言い返す俺。


「そして――マナハも潰されちゃいない」


 ミリエラに負けた直後の、マナハの姿を思い出す。


 悔しがりながら、もっと強くなることを誓っていた彼女――。


 考えてみれば、俺に負けたときも同じようにしていたな。


 マナハは、負けるたびに強くなる。


 実際、今日の親善試合では三年生を相手に圧勝劇を見せていた。


 その克己心と闘争心――俺にも分けてもらうぞ。


「さあ、始めようか。俺の下克上を!」


【女帝】への挑戦が、始まる。




「そっちから来る? それともあたしから行く?」


 ミリエラは余裕の表情だった。


「そうだな……マナハとの戦いはカウンターだったし、今度は先輩から先制攻撃するところを見てみたいな」


 俺は軽口を叩くように言った。


 実際、俺のスキルの特性上、こちらから攻撃するより、相手の攻撃を『食って』からカウンターを食らわせる方が都合がいい。


 とはいえ、それを馬鹿正直に言う必要はない。


 すでに学内の噂で俺の【暴食の覇者ベルゼール】のことを知っているかもしれないけど、知らない可能性だってある。


 とにかく手の内は可能な限り見せない――それが鉄則のはず。


「なるほどねぇ……じゃあ、あたしから攻撃しようかな」


 ミリエラがニヤリと笑って近づいてきた。


 彼女は接近戦も遠距離戦も両方こなすはずだ。


 どちらで来る――?


 俺はミリエラの動きを注視する。


「とりあえず――様子見だね」


 ミリエラが右手を掲げた。


「【エクスサンダー】」


 ばりばりばりばりっ!


 無数の稲妻が空から降り注ぐ。


 マナハ戦で見せた【魔眼】に由来する攻撃魔法ではなく、オーソドックスなそれだ。


 確か本人も【魔眼】は魔力消費が激しいって言ってたから、普段からガンガン使うのではなく、ここぞという場面で使うという戦闘スタイルなんだろう。


 ちなみに魔法の名称に『エクス』が付くのは上級魔法だ。


 このクラスの魔法を無詠唱で撃てるのは、さすがは女帝だった。


【魔眼】を使わなくても十分強い。


「ま、俺にとっては極上の食事にしかならないけどな」


 降り注ぐ稲妻に向かって大きく口を開け、


「いただきまーす!」


 ちゅるりんっ。


 稲妻だけあって、ちょっぴりスパイシーな味だ。


 ぴろりーん! 


 脳内におなじみの効果音が響き渡る。


「うん……上級魔法は中級より濃厚で美味だな」


 俺は満足してビヤ樽のような腹をポンと叩いた。


「ごちそうさま」

「上級魔法を簡単に吸収できるんだ? やるね」


 対するミリエラもまだまだ余裕だ。


 今のは小手調べってことか。


 なら、俺も【エクスサンダー】を反射で撃つことはせず、ストックしておくことにする。


「他の属性も食べちゃうのかな? 【エクスファイア】」


 今度は上級火炎魔法か。


「いただきまーす!」


 これも完食。


「【エクスウィンド】」


 ちゅるりん。


 問題なく完食。


「なるほど……上級魔法でも連続で吸収できるのか。なら、遠距離から連発しても無駄ってことだね」


 ミリエラはあいかわらず余裕の表情だった。


 淡々と、そして冷静に俺のスキルを分析している。


 不気味な女だ、と思った。


 今まで戦った相手は、この時点で戦慄するか、あるいは闘志が折れ始めていたのに。


 ミリエラはむしろ逆だった。


 この戦いを楽しんでいるような雰囲気さえ漂わせている。


 それこそが学園最強の【女帝】のメンタリティなのか――。


「じゃあ、こういうのはどう? 【ルーンブレード】」


 ミリエラの右手に魔力が集まり、剣の形に変わった。


 近接戦闘用の攻撃魔法【ルーンブレード】。


 発動速度や命中時のダメージ値の高さなど、ゲーム内でもかなり使い勝手がいい魔法だ。


 俺の身近だと、マナハがこの魔法を使った戦闘スタイルを得意としているけど、ミリエラも同じく――。


「いくわよ!」


 床を蹴り、一気に距離を詰めてくるミリエラ。


 デブで鈍重な俺は、その速さに対応しきれない。


 あっという間に距離を詰められ、ミリエラが魔力剣を繰り出してくる。


 だが――無駄だ。


「いただきまーす!」


 当然、これも完食。


 ミリエラの手から魔力剣が消えた。


「へえ……これも食べちゃうんだ?」

「そういうことだ。あんたの魔法は全部俺のごちそうに過ぎない」


 俺はニヤリと笑った。


 そして不意打ち気味に、


「【エクスサンダー】!」

「!?」


 至近距離から上級の雷撃魔法を浴びせてやる。


「きゃあっ……!?」


 さすがの【女帝】もこれには対応しきれなかったらしく、まともに食らって吹っ飛ばされた。


「あいたた……ちょっと油断した~」


 言いながら立ち上がってくるミリエラ。


 あのタイミングで、とっさに防御魔法を無詠唱発動したらしい。


 恐るべき反射神経だ。


 とはいえ――ノーダメージというわけにはいかなかったようだ。


 ミリエラのライフポイントは試合開始時の『10000』から『2700』へと大幅に減っていた。


「降参するか?」

「ふふ……」


 ミリエラの口元に笑みが浮かんだ。


 さっきまでの余裕の笑みじゃない。


 獰猛で、攻撃的な笑み。


 まるで野生の獣のような――。


「面白い……君は本当に面白いね、ガロンくん」


 ミリエラの瞳が強い輝きを放った。


【魔眼】。


 彼女が学園最強の【女帝】たらしめている要素の一つ。


 今の今まで使ってこなかった切り札を、ついに使うのか――?


「これはね、あたしの切り札だけどリスクもあるのよ」


 ミリエラが言った。


「あたし自身にも完全に制御できない。だから、本当に強い相手にしか使えない――」


 その瞳に妖しい紋様が浮かび上がる。


「弱い相手だと……殺しちゃうかもしれないからね。たとえ試合用の防御結界があっても」

「っ……!」


 なんだ、ミリエラの雰囲気が――?


 雰囲気が、異様なまでに禍々しく変わっていく――!


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