16 親善試合、開始

 俺は去っていくミリエラの背中を、ただ見つめていた。


「……ここまで強かったとは、な」


 まさに底知れない強さというやつだ。


「あたし……」


 マナハがぽつりとつぶやく。


「ミリエラ先輩に、何もできなかった……」


 背中を向けたマナハは全身を震わせていた。


「くっ……」


 泣いているんだろうか。


「おい、マナハ。そう落ち込むなって。今回は相手が悪かったんだし、泣くなよ――」

「はあ? 泣いてないし」


 振り返ったマナハは怒った顔だった。


「あたしはただ――自分が許せないだけよ。誰にも負けたくない。なのに、あんたに続いてミリエラ先輩にも負けた。負けっぱなしよ……それが許せない!」


 全然凹んでないな、こいつ。


 俺は内心で苦笑した。


 そんな彼女の心の強さに好感が持てた。


「見てなさいよ。あたしはもっと強くなる……いずれ必ずミリエラ先輩を倒す。そして……その次はあんたの番だからね」

「ふん、俺はラスボスってわけか」


 ニヤリと笑う俺。


「そうよ、文句ないでしょ」

「ああ、待っててやる」


 言うと、マナハもニヤリと笑った。




 さて、これからどうするか――。


 マナハと別れた後、俺はあてどもなく廊下を歩いていた。


 もう一回、図書館に戻って魔法書を『食う』続きをやるか。

 と、


 かつ、かつ、かつ……。


 前方から一人の男子生徒が歩いてくる。


「お前……」


 俺とそいつの声が重なった。


 リドル・フォルテッシモ。


 ゲーム本編の主人公で、俺とは少しだけ面識がある。


 そう、ラフィーナとトラブルになり、それが原因でマナハと初めて戦った後、彼がやって来たのだ。


「ミリエラ先輩とトラブルになったらしいな」


 リドルが俺に言った。


「……お前、彼女に何かしたのか?」


 その表情は険しい。


 以前のトラブルもあって、リドルはたぶん俺に対して悪印象を抱いているはずだ。


「別に何もしてない。向こうが勝手に俺と戦いたがってるだけさ」


 俺は肩をすくめた。


「ミリエラ先輩が、お前と?」

「有望株を早めに叩いておきたいらしい」

「……じゃあ、ミリエラ先輩はお前をその有望株だとみなしているわけか」

「ああ。ちなみにお前やラフィーナ、マナハもそうだぞ」

「――それは知ってるよ。入学初日に声をかけられた」


 と、リドル。


「ただ、そのとき先輩が語った有望株の中に、お前の名前はなかった」

「入学後の評判で俺を追加したんだろ」


 俺はまた肩をすくめる。


「……先輩が注目しているということは、やはりお前には相応の素質があるということか」


 リドルが俺を見据える。


「はは、見直したか?」

「ああ。認識をあらためておこう」


 リドルは素直だった。


「もし彼女と戦う可能性があるなら、警告しておくぞ」


 と、付け足す。


「ん?」

「ミリエラ・シュタークは呪われている。気を付けろよ」


 リドルの表情が険しくなった。


「真の力を解放した彼女は――宮廷魔術師すら凌ぐほどの力を持っている」

「わざわざ警告してくれるなんて優しいんだな」


 俺はリドルを見つめた。


「俺はお前に嫌われていると思ってたよ」

「……好きじゃないさ。お前はラフィーナを泣かせた」


 リドルが俺をにらんだ。


「だけど、それが誤解だったのかもしれない。まだ判断がつかない――だからお前への評価は保留だ」


 依然としてこいつと敵対するルートに入る可能性は残されているわけか。


「ま、せいぜい頑張るんだな。もしお前がミリエラ先輩と戦うことになったなら」


 言って、リドルは背を向ける。


「対戦の組み合わせはいつ決まるんだ?」

「確か……三日後だ」

「楽しみだな」


 俺はニヤリと笑う。


「……怖くないのか?」

「まあ、不安がないと言えば嘘になるけど」


 俺は笑みを深め、


「今の俺は、俺がどこまで強くなれるのかを試したい。だからワクワク感もあるのさ」

「……噂に聞いていた『豚伯爵』とは、やっぱり違うのかもな、お前」


 リドルが俺をジロリと見た。


「見直したか?」

「判断は保留だ、と言ったろ」


 じゃあな、と言ってリドルは去っていった。




 そして、親善試合の日がやってきた。


 選手として一年と三年が五人ずつ選ばれ、それ以外の生徒はほとんど全員が観客席にいる。


 これはゲーム本編でも存在するイベントだけど、豚伯爵ことガロンは選手には選ばれていない。


 だけど――この世界の俺は、事前にミリエラが予告していた通り、一年生の代表選手の一人に選出されていた。


 ちなみに残る四人はリドル、ラフィーナ、マナハ、そしてもう一人、これもゲームのメイン級のキャラである女子生徒がいる。


「本来ならガロンが経験しないはずのイベントを、俺は経験しているわけか……」


 つぶやきながら考える。


 この時点でゲーム本編の流れとは変わって来てるよな。


 これから先も、どんどん変わっていくんだろうか。


 それとも細部は変わっても、結局は大筋はそのままで――歴史は収束していくんだろうか。


 俺としては前者を目指したいところだ。


 後者の場合――俺を待っているのは、おそらく破滅エンド一択だからな。


「そのためにも――ここで活躍するのはアリだよな」


 豚伯爵としての悪評を覆す絶好のチャンスだ。


「ま、そのための障壁はちょっとばかり大きいが……」


 俺は前方を見据えた。


 そこにはミリエラが微笑みを浮かべ、たたずんでいる。


 彼女の目論見通り、俺の対戦相手はミリエラになった。


 学園最強の【女帝】と【豚伯爵】との決戦――。


 その火蓋が、間もなく切って落とされる。


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