15 女帝VS令嬢騎士
――やれやれ、どうしてこうなった。
俺は内心で盛大にため息をついた。
俺たちは今、模擬戦用の決闘場にいる。
これから、学園最強の【女帝】ミリエラ・シュタークと、武闘派ヒロインの【令嬢騎士】マナハ・レイドールが決闘するのだ。
「妙な展開になったもんだ……」
苦笑する一方、ワクワクする気持ちもあった。
ゲーム『メルファン』では、ミリエラもマナハも、間違いなく最強キャラ候補に挙げられる存在だ。
人気も実力もトップクラスの二人が直接戦うなんて、ゲーム本編にはない特別なイベントだった。
「ドリームマッチだな」
どんな戦いになるのか……ゲームのファンとしての気持ちで二人を見守る俺。
とはいえ、冷静に考えれば勝敗はある程度予想できる。
ゲーム本編のマナハは、数々のイベントや試練を乗り越えて、目覚ましい成長を遂げていくキャラクターだ。
だけど物語が始まったばかりのこの時点では、まだ実戦経験が浅い。
対するミリエラは、すでに学園最強としてその名を轟かせている三年生だし、経験値の差は明らかだった。
「やっぱりミリエラ有利かな」
「……何か言った?」
俺がポツリとつぶやく、それを聞き咎めるようにマナハが振り返った。
「あたしは負けないからね」
マナハの勝ち気な瞳にはいっさいの迷いがない。
お、いいね。
そういう熱血キャラ、俺は嫌いじゃない。
むしろ好ましいとさえ思う。
「ああ、楽しみにしてるぜ」
俺はニヤリと笑って返した。
「あんたに勝つまで……あたしはもう二度と負けない」
マナハはそう宣言して、決闘場の中心へと歩いていく。
フィールドの中央で二人の美少女が対峙した。
「君には才能がある。現時点でも十分に強いわ」
ミリエラが悠然と微笑む。
その笑みは絶対的な強者の余裕に満ちていた。
「でも残念ね。君以上の天才が、目の前にいるの」
「なら、努力の差で勝つ」
マナハが臆することなく言い返す。
仮に才能で劣るとしても、それを覆すだけのものを自分は積み重ねてきた――そう言わんばかりだ。
「それも残念ね」
ミリエラがまた微笑む。
「努力でも――あたしは誰にも負けない」
その言葉を合図に、二人の戦いが始まった。
「【エアブースト】!」
ごうっ!
マナハは風魔法で自身の体を加速させ、一瞬でミリエラとの距離を詰める。
その手には、自らの魔力で練り上げた白く輝く【魔力剣】が握られていた。
体術と剣術を組み合わせた、魔法剣士としての戦闘スタイル。
マナハの真骨頂だ。
対するミリエラは、その場から一歩も動かない。
「なるほど、速いわね」
ただ静かに、迫りくるマナハを見据えている。
彼女の得意戦法は、圧倒的な魔力量に物を言わせた高火力の爆裂魔法。
遠距離からのごり押しを得意とする、パワープレイスタイルだ。
――接近すればマナハの勝ち、離れたままの戦いならミリエラの勝ち。
俺は二人の戦いをそう分析していた。
だからこそ、マナハは迷わず接近戦を挑んだ。
その選択は正しい。
ミリエラが魔法を発動するよりも速く、マナハの剣がその懐に届く。
「この距離は、あたしの距離よ! 勝つのは――」
マナハが勝利を確信し、叫ぶ。
刹那、ミリエラの笑みが深まった。
「そうね。このあたしよ」
どがああぁぁんっ!
凄まじい爆音とともに、マナハの体が紙切れのように吹っ飛ばされる。
何が起きたのか、俺も、そしてマナハ自身も理解できなかった。
「が……はっ……!」
地面に叩きつけられたマナハが、苦痛にうめく。
その視線の先には、先ほどと何一つ変わらない姿で、ミリエラが静かに立っていた。
「今のは……爆裂魔法……?」
マナハが呆然とつぶやく。
いえ、ありえない。
「これだけの高火力魔法を、あの至近距離で、しかも無詠唱で――」
「残念だったわね。遠距離からのごり押しだけが、あたしの得意技だと思っていた?」
ミリエラが、ゆっくりとマナハに歩み寄る。
その瞳が妖しく輝いていた。
そうか、今のは爆裂魔法じゃない。
【魔眼】による攻撃……だから呪文詠唱なしのノータイムで発動できるんだ。
「くっ……」
マナハは立ち上がろうとするが、ダメージが大きいのか、這いつくばったままだ。
「あたしはね――」
ミリエラはそんなマナハを見下ろし、静かに告げた。
「どんな距離でも、どんな状況でも、誰にも負けない――もちろん、君が得意とする接近戦においても、ね」
しゅんっ。
次の瞬間、ミリエラの手に魔力剣が現れ、マナハの目の前に突きつけられた。
勝負あり、だった。
「こんなにも、あっけなく――」
俺は言葉を失う。
学園の女帝――ミリエラ・シュターク。
こいつは……とんでもない化け物だ。
ほとんど瞬殺状態でミリエラがマナハに勝った場面は、俺にとっても衝撃だった。
やっぱり――強い。
【女帝】の二つ名は伊達じゃない。
俺はぽつりと呟く。
ミリエラの強さは、俺の想像をはるかに超えていた。
「残念だったわね。才能でも、努力でも、君はあたしには及ばない」
ミリエラは魔力剣を消し、マナハから離れた。
余裕の表情だ。
「まだよ……まだ終わってない!」
マナハは勝ち気な表情を崩さずに叫ぶ。
「悪いけど、君にはもう興味がないの。実力はだいたい分かった」
ミリエラの目に冷たい光が宿った。
「あたしの敵じゃない」
「っ……!」
マナハが悔しげに表情を歪めた。
ミリエラはそれ以上彼女を一瞥すらせず、踵を返した。
「君との勝負を早くしたいものね」
と、俺の元まで歩み寄る。
「本当はここで君とも試合をしようと思ったんだけど――」
言って、ミリエラはわずかにうつむく。
「またの機会にしましょうか。あたしの【魔眼】はけっこう魔力消費が激しいからね。連戦には向いてないの。次の機会にね」
「親善試合で――」
「そういうこと。あたしと君の試合になるように祈っていて。楽しみにしてるわ」
そう言って、ミリエラは決闘場を後にした。
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