13 モテ期の始まり
ローンバルを叩きのめしてから数日が過ぎた。
あの一件以来、周囲の目が明らかに変わったのを感じる。
「なあ、あれが噂のガロン・アルガローダだろ……」
「教官に勝ったっていう……とてもそうは見えないけどな」
「でも、マナハも負かされたって話だし……」
廊下を歩いているだけで、そんなひそひそ話が聞こえてくる。
以前のような嘲笑や侮蔑は完全に鳴りを潜めていた。
代わりに好奇と、ほんの少しの畏怖が混じった視線が俺に注がれるのを感じることが多くなった。
くくく、いい兆候だ。
悪役の豚伯爵から学園のヒーローへと昇格しつつあるんだからな。
さらに、
「ガロン様、おはようございます!」
「あ、あの、この前の試合、すごくかっこよかったです!」
「普段はそんな格好していても、本当は超美男子なんですよね?」
などと、面識もない女子生徒たちが話しかけてくる。
モテモテじゃないか……。
悪くない気分だった。
と、そのときだった。
「ガロン」
凛とした声に呼び止められて振り返る。
そこに立っていたのは、ポニーテールを揺らした武闘派ヒロイン、マナハ・レイドールだった。
『令嬢騎士』の異名をとる彼女は腕を組み、勝ち気な瞳で俺を見据える。
「あんた、少し見ない間にまた太ったんじゃないの?」
「ほっとけ。これが俺の標準体型だ」
なんだ、挑発か。
「まあ、いいわ。それより――」
マナハの表情がフッと和らいだ。
「この前の試合は見事だったね。あのローンバル教官を倒すなんて、少し見直した」
素直じゃない物言いだが、彼女なりに俺を認めているらしい。
まあ、俺に負けたという事実がある以上、俺が弱いままでは彼女のプライドが許さない、という部分もあるのだろう。
「それで? 見直した結果、俺に何か用か?」
彼女に引っ張られて、つい俺も素直じゃない返答をしてしまった。
「別に」
マナハがムッとしたような顔になる。
「ただ……あんたに負けたままじゃいられないって、そう思っただけよ。あたしはもっと強くなる。次こそ、あんたに勝つからね」
言って、マナハは立ち去ろうとして――そこでピタリと足を止めた。
ん?
「あたしと次に戦うまで……誰にも負けないで」
おお、ツンデレライバルキャラのテンプレ台詞だ!
あまりにもテンプレートな物言いだったので、俺は感動してしまった。
と、そのマナハと入れ違うように、今度はふわふわしたピンクブロンドの髪が視界に入った。
ラフィーナだ。
彼女は俺の姿を認めると、少しだけ躊躇うそぶりを見せた後、こっちに歩み寄ってくる。
「あ、あの……ガロン様」
「なんだ、ラフィーナ」
「その……おはよう、ございます」
彼女は頬をほんのりと赤く染め、恥ずかしそうに上目遣いで俺を見つめてきた。
……なんだ、この分かりやすい反応は。
マナハがツンデレな、ラフィーナはデレデレか?
破滅フラグのトリガーだったはずのメインヒロインが、こうも簡単に陥落するとは。
「ああ、おはよう」
俺はそっけなく返事をした。
「は、はいっ!」
挨拶を返しただけなのに、彼女は花が咲いたような笑顔を見せる。
どうやら本当にデレデレらしい。
まあ、彼女に好意を寄せられること自体は、破滅フラグを回避する上でプラスに働くだろう。
ただ、油断はできない。
歴史の修正力のようなものが働いて、俺の破滅フラグがいきなり復活するかもしれないし、何かとんでもないどんでん返しが起きる可能性だってないわけじゃない。
それを覆すためには――、
「もっとだ……もっと強くならないと」
俺は自分自身に言い聞かせた。
「ガロン様……?」
ラフィーナがキョトンとした顔をする。
そのためには、効率よく力を吸収する必要がある。
食事やモンスター狩り、あるいは対人戦闘でのスキルや魔法を食うだけでは、ちょっとずつしかステータスが上昇しない。
もっと別の『ごちそう』はないだろうか。
俺のステータスを大幅に上昇させるような何かが欲しい。
「俺は、もっと強くなりたい」
「すでに十分お強いかと……」
ラフィーナが俺をうっとりした目で見つめる。
「ですが、魔法の探求ならやはり図書館で地道に学ぶとか……でしょうか?」
「なるほど、基本だが――その通りだ」
楽して食ってばかりじゃなく、地道な勉強も必要だよな。
「ありがとう、ラフィーナ」
「っ……! い、いえ、ガロン様のお役に立てたのであれば幸いです……!」
ラフィーナの顔が真っ赤になった。
「や、やった……ガロンくんに褒められちゃった……! また一歩お近づきになったぞ……がんばれ、ラフィーナ……ふふふ♪」
などと、ボソリとつぶやく。
……独り言だと微妙にキャラ変わってるよな、ラフィーナ。
放課後、俺は図書館に向かった。
メルトノール魔法学園が誇るこの図書館は、校舎に併設された巨大な塔になっている。
で、さっそく読み始めたんだけど――。
「むしゃむしゃ……本の中身も『食える』とはな……しかも、なかなかコッテリした味じゃないか……食い応えがあるぞ……くくく」
もちろん、物理的にページを破って食べているわけじゃない。
スキル【
ぴろりーん!
『スキル【
『高等魔法理論書を食したことで、魔力値が0.5上昇しました』
『古代魔法【エクスバリア】の知識を獲得しました』
口の中に広がるのは、濃厚な知識の味。
それは熟成されたチーズのような芳醇で深みのある味わいだった。
魔法理論が俺の脳に直接流れ込み、魔力そのものも増大していく感覚が心地いい。
「こうやって食ってるだけで、どんどん魔法の知識が増えていくなんてな。楽でいいぜ……むしゃむしゃ」
これなら授業に出るより、よほど効率がいい。
俺は次の『ごちそう』を探して、別の魔導書に手を伸ばした。
と、そのときだった。
「へえ、それって固有魔法かしら? 随分とユニークな魔法ね」
澄んだ声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこに一人の女子生徒が立っている。
ツインテールにした青い髪。
知性と威厳をたたえた真紅の瞳。
完璧に整った顔立ちは、まるで芸術品のようだ。
彼女の姿を認めた瞬間、俺の脳裏に警報が鳴り響く。
学園の【女帝】の異名を持つ少女、ミリエラ・シュターク。
学内ランキング一位の三年生であり、ゲーム本編においてラフィーナやマナハと並ぶメインヒロイン格の一人だ。
間違いなく、この学園で最も厄介な人物だった。
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