12 嫌われ者からヒーローへ
「いいかげん、その生意気な態度を矯正しなくてはなりませんね。後悔しても知りませんよ」
ローンバルがすっと右手を掲げる。
「いいでしょう、これで終わらせます――【サンダースピア】!」
ごうっ!
ローンバルが雷の槍を放った。
それも一本や二本ではない。
一度に十本もの雷槍が、俺めがけて殺到する。
観客席から「うわっ」とか「すごい……」といった驚きの声が聞こえた。
確かにゲーム内でも【サンダースピア】は通常だと五本前後を撃ち出す魔法だ。
これだけの本数を一度に撃てるのは、なかなかの実力と言えた。
「ほう、魔力だけなら大したもんだ」
俺はニヤリとした。
「くくく、あなたの魔力でこれを防ぐすべはありませんよ!」
ローンバルが勝利を確信したように叫ぶ。
「防ぐ? そんな必要はない」
俺はにやりと笑い、大きく口を開いた。
こんな美味そうな『ごちそう』を前にして、みすみす逃すわけがない。
ちゅるんっ。
まるでスープをすするように、十本の【サンダースピア】が、俺の口の中へと綺麗に吸い込まれていった。
当然、ダメージはゼロだ。
ぴろりーん。
脳内におなじみの効果音が響き、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
『スキル【
『中級攻撃魔法【サンダースピア】×10を食したことで、これを獲得しました』
『魔力値が1.0上昇しました』
「ごちそうさま。なかなか刺激的でいい味だったぜ」
俺がぺろりと唇を舐める。
「ば、馬鹿な! 今のは俺の必殺の――」
ローンバルは信じられないといった顔で固まっている。
「さて、それじゃあ……お返しだ」
俺は右手をローンバルに向ける。
「【サンダースピア】!」
今しがた食ったばかりの【サンダースピア】のうち、半分の五本をそっくりそのまま撃ち返してやった。
「こ、これは――」
自分の魔法がそのまま返ってきたことに驚いたのか、ローンバルは狼狽したように後退した。
「防御魔法? いや反射魔法か? だ、だが、魔力が発動していない……どういうことだ……!? だいたい、ガロンくんがこんな術を使えるという情報はありませんでしたよ……!?」
ローンバルは完全に混乱しているようだ。
そう、俺は魔力を使って魔法を『発動』させたわけじゃない。
ただ『食った』ものを『吐き出した』だけだ。
だから、魔力の発動なんて一切いらない。
魔力を使わずして魔法現象を起こす――それは通常の魔法理論からすればあり得ない現象なんだろう。
「どうした? 生徒と教官の実力の差を見せつけてくれるんじゃなかったのか?」
俺がニヤニヤしながら挑発すると、ローンバルの顔が屈辱に歪んだ。
「ぐぬぬぬ……いいだろう! 今度は私の最大威力の魔法を食らわせてやる! いくぞ――」
ローンバルは両手を高く掲げた。
ばちっ、ばちぃぃっ!
無数のスパークが弾け、いくつもの雷の槍がその頭上に形作られていく。
「数を増やして飽和攻撃ってところか。確かに魔力量は大したもんだが――」
俺は笑った。
大技の詠唱中は、最大の攻撃チャンスだというのに。
「隙だらけなんだよ!」
俺は先ほどストックしておいた残り半分――五本の【サンダースピア】を一斉に発射した。
「えっ!? ま、また魔力発動なしで――!」
ローンバルが驚愕の声を上げたが、もう遅い。
最大魔法の発動準備中で完全に無防備だった奴は、雷の槍を避けることも防ぐこともできず、まともに食らった。
「ぐあああああああっ!」
苦鳴とともに失神して倒れるローンバル。
模擬戦用の会場には安全装置代わりの防御結界が張ってあるから大怪我するような事態にはならない。
けれど、気絶するくらいのダメージは与えたみたいだ。
「俺の、勝ちだ」
しかも完勝。
いや、まったく気分がいい。
と、次の瞬間、観客席から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「すげええええええ!」
「勝った……ガロンが教官に勝っちまったぞ!」
「いい気味だぜ、あの嫌味教官!」
生徒たちは、俺が教官に勝ったことに驚き、そして称賛の声を送ってくれた。
悪役デブだった俺が、まさかこんな歓声の中心に立つ日が来るとはな。
喧騒の中、俺はふと観客席の一点に視線を向けた。
ラフィーナと、目が合う。
「ガロンくん……」
彼女は頬を真っ赤に染め、うっとりとした表情で俺を見つめていた。
その熱烈な視線を受けて、俺は疑問を覚える。
「もしかしてラフィーナ……俺にデレてる?」
破滅フラグのトリガーだったはずのメインヒロインが、まさか俺に心を奪われたのか。
もしそうなら――この世界は、もう俺の知るゲームのシナリオ通りには進まない。
破滅の未来は、確実に好転を始めているのかもしれない。
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