10 ラフィーナは豚伯爵を想う(ラフィーナ視点)


 SIDE ラフィーナ



 その日の夜――。


「ふう、今日は本当に激動の一日だったな」


 ラフィーナは自室のベッドに腰かけ、ため息をついた。


 学園での演習――魔物の森での出来事を思い返す。


 強大なモンスター【キングオーク】の前に、誰もが――幼なじみのマナハさえもが臆していたあのとき。


 ガロンは敢然と立ち向かったのだ。


 しかも金色のオーラを発したかと思うと、普段の『豚伯爵』とは似ても似つかぬ美しい少年に変身して。


 そして、圧倒的な強さでキングオークを倒してしまった。


「ガロンくん、素敵だったな」


 ラフィーナがにやける。


「ふふ、あたし……ドキドキしてる~!」


 親や使用人、あるいは学友たちの前では『お嬢様』としての態度を崩さないラフィーナだが、自室で一人っきりの時だけは『素の態度』が出る。


 堅苦しいお嬢様言葉もなく、溌剌とした一人の女の子でいられる時間だった。


「でも、なんだったんだろうな~。一瞬でおデブに戻っちゃったし」


 どうせならずっとあの姿でいてくれたらいいのに。


 目の保養になるし。


 と、ラフィーナはニヤニヤしてつぶやく。


 自分がこんな気持ちになることが意外だった。


 そもそも彼のことは苦手だったはずだ。


 入学前から、その悪評はラフィーナの耳に届いていた。


 アルガローダ伯爵家の嫡男、ガロン・アルガローダは傲慢で、卑劣で、怠惰で――およそ他人から好かれるような男ではない、と。


 丸々と太った容姿から『豚伯爵』と揶揄され、親しい友人もいないのだとか。


 だから、廊下でぶつかってしまったときは本当に怖かった。


 独り言で『靴を舐めろ』なんて聞こえたときは、背筋がゾッとしたものだ。


 親友のマナハも、彼のことをよく思っていないようだった。


「ラフィーナを怖がらせるなんて、あいつ絶対に許さない!」


 決闘の後も、マナハはそう言って憤慨していた。


 今でもガロンのことになると、すぐに眉を吊り上げる。


 そんなマナハは最近、同級生のリドルのことが気になっているようだった。


 平民出身でありながら、特待生として入学した天才少年。


 まだ出会って日が浅く、マナハにとってリドルは『憧れ』程度の気持ちだろう。


 それでも彼女の様子を見ていると、その『憧れ』は遠からず『恋心』に変わるのではないかと感じる。


 ただ、ラフィーナ自身はリドルに関して、そういった憧れを感じない。


 確かに素敵な少年なのかもしれない。


 だが、見ていて心が躍るのは彼ではなく――。


「ガロンくん……」


 その名前をそっとつぶやく。


 頬が自然と熱くなった。


 彼に心惹かれる自分を意識する。


 なぜ、こんなにもガロンが気になるのか、それは――。


 彼女は、常に他者の目を意識して生きてきた。


 自分の本来の性格や口調を封じ、周囲が求める『お嬢様としてのラフィー

ナ』を演じ続けてきた。


 今では『普通の少女』のラフィーナと『お嬢様』のラフィーナと――どちらが本当の自分なのか分からなくなる時もあるほどだ。


 だけど、ガロンは違う。


 周囲から『豚伯爵』と馬鹿にされても、まったく気にする様子がない。


 自分らしく振る舞い、自分の道を進み続ける。


 そんな彼の前でなら、ラフィーナも本当の自分でいられる気がするのだ。


 だから心が惹かれているのだろう。


「あー、もうっ、胸がキュンキュンするよ~!」


 彼を、もっと知りたい。

 彼と、もっと話したい。


「早くあなたに会いたい……ガロンくん。はふぅ……」


 ラフィーナは彼の顔を思い浮かべ、明日の学園生活を思って胸をときめかせるのだった。






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