9 キングオーク相手でも無双し、さらに……


「よし……お返しだ!」


 俺は吸収したばかりの斬撃を、そのままキングオークに向かって吐き出した。


 ざしゅうううっ!


 見えない刃が、キングオークの巨体を切り裂く。


 豪奢なローブが血に染まり、苦鳴を上げるキングオーク。


 俺はさらに前進する。


 キングオークはおびえたように二本の剣を振り回すが、俺はそれをことごとく食らっては跳ね返した。


 ちゅるんっ。ちゅるんっ。


 攻撃を食らうたびに、俺のステータスは着実に上昇していく。


 食った斬撃を跳ね返しては、キングオークにダメージを与えていく。


「す……すごい……」

「キングオークを一方的に……」


 背後でマナハやラフィーナが驚く声が聞こえてきた。


 ず……ん。


 やがて、キングオークは満身創痍で膝をついた。


 すでに戦意喪失している様子だ。


「ごちそうさま……と言いたいところだが」


 俺はキングオークの前に立ち、ニヤリと笑う。


「お前にはまだ、メインディッシュとしての大事な役目が残ってるぞ」


 そう、まだこいつ自身を味わっていない。


「いただきまーーーーーーす!」


 しゅうううううう……んっ!


 キングオークの巨体がまばゆい光の粒子に変わり、俺の口の中へと吸い込まれていった。


「んむっ……! こ、これはっ……!」


 俺はカッと目を見開いた。


 口の中に広がったのは、ザコモンスターとは比べ物にならない濃厚で、豊潤で、完璧に調和がとれた味のハーモニーだった。


 旨味のエッセンスだけを凝縮したような味わいが、舌を通じて全身を駆け巡る。


「う、うまーーーーーーーーい!」


 俺は絶叫した。


 と、そのときだった。




『一定量のモンスターを食したことで、スキル【暴食の覇者ベルゼール】が進化します』

『脂肪燃焼効果が発動しました』




「ん……?」


 脳内に響いたメッセージと同時に、俺の体がカッと燃えるように熱くなった。


 ごうっ!


 全身から金色のオーラが立ち上る。


「うおおおおおおおおっ!」


 体の内側から、何かが変わっていく。


 今までまとわりついていた『豚伯爵』の分厚い脂肪が、すさまじい勢いで燃え上がっていくような感覚だった。


 体が、軽い。


 力が、湧いてくる。




 そして――。




「え……?」

「うそ……」


 マナハやラフィーナ、他の生徒たちが、信じられないといった表情で俺を見つめている。


 ……なんだ、これは?


 俺は自分の体を見下ろした。


 ビア樽のように丸く張り出した腹が跡形もなく引っ込んでいるし、手足もスラリとして、しかも全体的に背が伸びたような気がするんだが……?


 まさか――。


 俺は近くにあった水たまりに自分の姿を映し出してみた。


 そこにいたのは『豚伯爵』と揶揄される悪役デブとは似ても似つかない姿だった。


 モデル顔負けの均整の取れた長身に加え、整った美しい容姿。


 信じられないほどの絶世の美少年となった俺が、そこには映っていたのだ。


 しかも、変わったのは姿だけじゃない。


 感覚が、今までとは比べ物にならないほど研ぎ澄まされているのが分かる。


 うおおおお……んっ。


 と、戦闘の気配を聞きつけたのか、前方からさらに三体のキングオークが現れた。


「ちょうどいい。今の俺の力を試してみるか」


 ぺろり、と舌なめずりをする俺。


 三体は俺を取り囲むようにして迫ってきた。


 だが今の俺には、キングオークたちの動きが異様なほどスローモーションに見える。


 奴らの踏み込みが、振りかぶる剣の動きが、振り下ろされる剣の軌道が。


 そのすべてが手に取るようにわかり、簡単に反応して避けることができた。


 ボスクラスが三体いようと――敵じゃない。


 ぎおおっ!?


 キングオークたちは戸惑ったような声を上げる。


 俺の動きが明らかに変化したのを感じ取ったのだろう。


 そう、俺だって驚いている。


 これほどまでとは――。


 今までの鈍重な動きなんて欠片もない。


 さながら野生の獣のように異常なまでに俊敏な動き――。


「遅いんだよ」瞬にしてキングオークたちの背後に回り込んだ。


 そして奴らの背中に魔力弾をまとめて叩きこむ。


 ごうんっ!


 三体まとめて、跡形もなく消滅した。


 圧倒的すぎる力。


 一方的すぎる展開。


 これが俺の、本当の力なのか……?


 そのとき、ふいに全身から力が抜けるような脱力感を覚えた。


「うおっ……!?」


 体中に満ちていた圧倒的な『力』の感覚が消失する。


 同時にあれだけ軽かった全身が、急に重さを感じるようになった。


「これってまさか――」


 近くの水たまりをもう一度覗き込む。


 そこに映っているのは、いつもの『豚伯爵』――デブの男子生徒だった。


「……戻っちまったか」


 俺は苦笑半分、ため息半分といった感じでつぶやいた。


 どうやら、あの痩せた姿――便宜的に『脂肪燃焼モード』と名付けよう―― の状態は、莫大な魔力を消費するらしい。


 だから、キングオークたちを倒した途端に魔力切れを起こして、元の姿に戻ってしまったというわけか。


 あの姿のままでいられたら無敵だし、イケメンだし、最高だったんだけどな。


 まあ、仕方ない。


「とりあえず――こいつを自在に使いこなせれば、いざというときに最強の切り札になるな」


 俺はニヤリとほくそ笑んだ。


 そのとき――ふと視線を感じて顔を上げた。


 ラフィーナが俺をじっと見つめている。


 お互いの視線が、合った。


「っ……!」


 彼女は驚いたように視線を逸らした。


 その頬がやけに赤らんでいるけど――まさかな。


「デレた……わけないよな。やっぱり嫌われてるか?」


 俺は苦笑した。


 これも仕方ない。


 俺はゲーム本編じゃ、彼女をイジメる悪役デブ男なんだからな。


 その印象は変わらないだろう。






※【25.8.11追記】キングオークを食った後、さらに(食ったはずの)キングオークと戦う……という初歩的な描写ミスをしていたので展開修正しました<m(__)m>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る