6 魔力剣など俺のデザートに過ぎない
「ば、馬鹿な……あたしの魔力剣が、こんなにあっさりと……」
マナハは信じられないといった表情で立ち尽くしていた。
「くくく、なかなか美味だったぞ。おかわりをくれ!」
「なめるなっ!」
マナハは再び右手を突き出した。
「【ルーンブレード】!」
先ほどと同じように光が集まり、新たな魔力剣を形成する。
「今度こそ!」
彼女はもう一度、弾丸のような速度で突っこんでくる。
ゲーム本編にも登場する、彼女固有の高速攻撃スキル【クリムゾンラッシュ】だ。
その名の通り、残像すら生み出す高速移動が美しい赤の軌跡を描きながら、俺に向かってくる。
「はああああああああっ!」
繰り出されたその太刀筋は鋭く、速い。
さすがは学園トップクラスの魔法騎士の斬撃だ。
けれど、俺にとってはただのごちそうでしかなかった。
「いただきまーす」
俺は迫りくる刃に向かって、ふたたび大きく口を開けた。
ちゅるんっ。
二本目の魔力剣も、俺の口の中に跡形もなく吸い込まれていく。
ぴろりーん!
『スキル【
『【魔力剣】を食したことで、魔力値が0.2上昇しました』
「う、美味い……美味いぞぉっ!」
俺は歓喜の声を上げた。
さっき食ったものよりも、なぜかステータスの上昇値が高い。
もしかしたら、同じものを食い続けると効果が上がったりするんだろうか?
「まだだ……まだ、終わってない!」
マナハは諦めずに三本目、四本目の魔力剣を生み出しては、俺に斬りかかってくる。
そのすべてを、俺は喜んで平らげてやった。
ちゅるんっ、ちゅるんっ、と小気味いい音を立てて、彼女の攻撃が俺の力に変わっていく。
「もっとくれ! お前の誇りとやらを、根こそぎ食い尽くしてやる!」
俺が挑発すると、マナハはさらにムキになって魔力剣を放ち続けた。
けれど、それも長くは続かなかった。
十本目を食い終わったころだろうか。
マナハの動きが、ぴたりと止まった。
「ううっ……体に力が……入らない……」
彼女はその場に膝をつき、ぜえぜえと苦しそうに肩で息をしている。
額には玉のような汗が浮かんでいた。
魔力剣は特に魔力消費の大きい術式だ。
それを短時間で連発すれば、こうなるのは当然の結果だった。
「ムキになって魔力剣を使いすぎたな。俺の胃袋にはまだまだ余力があるが……お前にはもう力は残されていないだろう?」
俺はニヤリとした顔で勝ち誇った。
「降参するか」
「うぐぐぐぐ……」
マナハは悔しそうに唇を噛みしめ、うつむく。
観客席は静まり返っていた。
誰もが予想しなかった結末に、言葉を失っているのだろう。
「じゃあな。ごちそうさまでした」
俺は勝利を宣言し、闘技場を後にしようと背を向けた。
と――そのときだった。
「そこまでだ」
凛とした声が響いた。
闘技場の入り口に、一人の男子生徒が立っている。
「ラフィーナ、マナハ、大丈夫か?」
輝くような金色の髪に澄んだ青い瞳。
絵に描いたような美少年だ。
間違いない、あれは――。
「リドル……ついに出たな原作主人公!」
俺は思わず叫んでいた。
リドル・フォルテッシモ。
そう、彼こそが『メルトノール・ファンタジア』の主人公だった。
平民出身でありながら、特待生として学園に入学した天才だ。
「原作……? なんの話だ?」
俺の言葉に、リドルが不思議そうに眉をひそめる。
「それより、お前がラフィーナやマナハに絡んでいると聞いたぞ、豚伯爵。いい加減に人に嫌われるような行動は慎むんだ」
彼はまっすぐな瞳で俺を見据え、たしなめてきた。
その正義感ぶった物言いが俺の神経を逆なでした。
「絡んできたのは向こうからだ」
俺は即座に言い返す。
「リドルさん……」
「リドル……」
ラフィーナとマナハが、リドルの元へと駆け寄っていく。
二人とも、心から彼を頼りにしている様子だった。
……なるほど。
俺はふと考えた。
今までは、こいつら原作のキャラクターたちとの接触を、とにかく避けようとしてきた。
けれど、もしかしたら違うのかもしれない。
何も彼らを徹底的に避けなくても、この目の前にいる主人公、リドルを叩きのめせば、俺の破滅エンドはなくなるんじゃないだろうか。
そう、『悪役』が勝利するシナリオを俺自身が体現すればいい。
本来なら滅ぼされるはずの俺が、主人公を打ち負かす。
その未来を創り出せば、俺が破滅する運命そのものが消え去るかもしれない。
不可能ではないはずだ。
今の俺には、ゲーム本編には存在しないチートスキル【
相手が原作主人公だろうと、負ける気はしなかった。
……いや、待て。
短絡的に結論を出す必要はないな。
俺は一度、思考を落ち着かせる。
今日のところは、まずマナハに勝った。
それだけで、周囲に舐められずに済むようになったはずだ。
『豚伯爵ガロンは、噂と違って実は強かった』
この印象を周囲に与えられただけで、今後の俺を取り巻く環境は大きく変わっていくだろう。
俺にとって、より都合のいい形に。
そうだ、今はそれでよしとしよう。
「もう一度言おう。絡んできたのは向こうからだ」
俺は高らかに宣言した。
「そうだろ、マナハ? 決闘を挑んだのはお前の方だったよな」
「それは……まあ……」
マナハは気まずそうにうつむき、言葉を濁した。
「ラフィーナ。俺が廊下で言ったことは、本当にただの独り言だ。お前に言ったわけじゃない。誤解させて悪かった」
「い、いえ……私も、早とちりしてしまって……」
ラフィーナも申し訳なさそうにうつむいた。
よし、これでいい。
ここはいったん休戦の空気を作っておくべきだ。
俺の力は、まだ発展途上。
ここで無理に主人公とぶつかり合って、無駄なリスクを負う必要なんてない。
「じゃあ、そういうことで。俺はそろそろ行くよ」
俺はひらひらと手を振り、今度こそ悠然とその場を後にしたのだった。
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