5 令嬢騎士VS豚伯爵

「い、いや、ちょっと待て! 今の言葉は、その……単なる確認というか、ただ自分の考えを頭の中で整理していただけで……!」


 俺は必死に弁解する。


 この展開は――さすがにまずいか!?


「わ、私は……そんな脅しには、絶対に屈しません……うう……!」


 ラフィーナは涙目になりながらも、キッと俺をにらみつけた。


「だから誤解だって!」


 と、そんな俺たちのやり取りに周囲の生徒たちがざわめき始めた。


「おい、見ろよ……あれ、豚伯爵じゃないか?」

「ラフィーナ様を脅してるみたいだぞ」

「なんてひどい奴なの……!」


 ちがーう!


 俺は思わず頭を抱えた。


 どうしてこうなるんだ。


 俺はただ破滅フラグを回避して平穏に生きたいだけなのに……。


「そこまでよ、豚伯爵! ラフィーナをいじめる奴は、あたしが許さない!」


 凛とした声が響き渡る。


 振り返ると、そこに一人の女子生徒が立っていた。


 腰まで届くほどの赤い髪をポニーテールにした凛々しい美少女だ。


『令嬢騎士』の異名を持つ、武闘派ヒロインのマナハ・レイドールだった。


「マナハさん――」

「もう大丈夫よ、ラフィーナ。あたしが守るからね!」


 マナハはラフィーナの前に立ち、鋭い視線を俺に向けてくる。


「うわ、これって原作イベントそのままじゃねーか……」


 最悪だ。


 俺は意図せずして、破滅への第一歩を踏み出してしまったらしい。


「ラフィーナをいじめるなんて、あんたみたいな男は絶対に許さない! あたしと決闘しなさい、豚伯爵!」


 マナハはビシッと俺に指を突きつけ、宣言した。


「そうだそうだ!」

「やっちゃえ、マナハ!」

「豚伯爵に正義の鉄槌を下せ!」


 周りの生徒たちが囃し立てる。


 完全に俺が悪役で、マナハが正義のヒロインという構図が出来上がっていた。


「だから誤解だって」

「問答無用! ラフィーナを泣かせた事実は変わらないわ!」


 聞く耳を持たないらしい。


 俺はため息をついた。




 こうして俺はマナハと決闘する流れになってしまった。


 場所は校舎に併設された魔法訓練用の闘技場だ。


 円形のフィールドの周囲に観客席が設置されている。


 その観客席は、大勢の生徒で埋まっていた。


「ギャラリー多いなぁ……」


 俺はため息をつく。


「おい、あれが豚伯爵かよ。噂以上のデブだな」

「マナハが相手じゃ、瞬殺だろ」

「無様に負けるところを見せてもらおうぜ」


 聞こえてくるのは、俺を馬鹿にする声ばかりだ。


 誰もが俺の惨めな敗北を期待している――。


 前世でも、こういうことはあった。


 理不尽な状況で、俺だけが悪者にされる。


「今世でもまた同じか……」


 段々と腹が立ってきた。


「……悪いが、お前らの期待通りにはならんぞ」


 俺は小さくつぶやき、観客席をにらみつけた。


 そうだ、どうせ悪役扱いされるなら、とことんやってやる。


 破滅エンドを回避するためじゃない。


 ただ、この胸糞悪い空気をぶち壊すために――。


 俺の中で、確かな反骨心が芽生えていた。


 そして、闘技場の中央で俺とマナハは向かい合った。


「さあ、勝負よ。騎士の誇りをもって、友だちを脅したあんたを叩きのめす!」


 マナハが凛々しく宣言すると、ギャラリーから割れんばかりの大歓声が巻き起こった。


 完全にアウェーだ。


「ふん、騎士の誇り、か」


 俺はわざとらしく鼻を鳴らし、ニヤリと口の端を吊り上げてみせた。


「そいつを食ったらどんな味がするんだろうな?」

「いちいち食べ物に例えないでよ、豚伯爵」


 マナハは勝ち気に言うと、右手を突き出した。


 しゅううううううう……んっ。


 その手にまばゆい日かrが集まる。


 光はやがて一本の美しい長剣の形になった。


【魔力剣】。


 自らの魔力を剣の形に練り上げて戦う、魔法騎士のクラスの得意戦術だ。


「さあ――始めましょうか!」


 叫んで、弾丸のような速度で突っこんでくるマナハ。


「速い――!」


 俺は思わず目を見開いた。


 高い身体能力に加え、風魔法による加速もあって、信じられないスピードだ。


 マナハは一瞬で俺との距離を詰め、魔力剣を振りかぶる。


「この一撃で――終わらせる!」


 白く輝く刃が弧を描き、俺に迫る。


 だが、俺は焦っていなかった。


 むしろ、


「いただきまーす!」


 喜びの声を上げて迫りくる魔力剣に食らいつく。


 そう、文字通り『食らいついた』。


 ちゅるんっ。


 まるでゼリーをすするように、輝く刃が俺の口の中にまるごと吸い込まれた。


「えっ???」


 マナハはポカンとした顔だ。


 彼女が手にしていた魔力剣は跡形もなく消滅していた。


 同時に、


 ぴろりーん!


 おなじみの電子音が鳴る。


 今のでまた魔力が上がった。


 そして、同時に【魔力剣】を一発撃ち出すことができるようになったが、これはまだストックしておこう。


「なるほど、魔力剣ってのはこんな味がするのか……くくく、なかなかデリシャスだったぜぇ」


 魔力でできた剣なんて、俺にとっては絶好のごちそうに過ぎない。


 彼女の得意戦法は、俺の前ではまったく通用しないのだ。


「お前に勝ち目はない。どうする? 降参するか?」


 俺は高らかに宣言した。

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