【過去】P004/犬娘、闘技場に出る

P004/01/犬娘、闘技場に出る

「闘技場に興味ありませんか?」


 冒険者としてそれなりに実績を積みながら、川華せんか帝国から少しずつ西方へと移動し続けてきたマコトに対し、冒険者組合の職員がそのように尋ねたので、マコトは困惑するように「……はぁ……」と声を漏らす。

 忍びの里を襲撃してきた集団から逃げる為という目的で西方へと移動しているマコトにとって、有名になり過ぎるのも問題だと考えていた。居場所がバレて再度襲撃される、なんて事はできれば避けたいという思いから、である。

 しかしながら、冒険者というのは基本的には名を上げる、有名になるという所がある種のステータスと言える。

 幾ら実力があろうとも、知名度がなければ名指しの依頼は届かない。

 着実に実績を積み重ねて知名度を上げていく。それこそが、冒険者の基本的な動きと言える。

 その中で、闘技場というのは一種の近道と言えた。

 

 マコトは前世プレイしていたゲーム、RTOにおいても闘技場を大いに利用していた。

 というのも、闘技場というコンテンツは旨味のあるPvP――つまりはプレイヤー同士で対戦するコンテンツだったからである。

 尤も、あくまでもオンラインゲームの対戦コンテンツというだけあって非常に簡略化されていて、互いのプレイヤーキャラ同士が自動で戦闘を行って先にHPを削り切った方が勝ち、というものだが。

 ただし、自動で戦闘が行われると言ってもプレイヤーが介入できる部分というのは少なくない。

 例えばどのようなスキルを戦闘中に使用するのか、そもそもどのような能力値にプレイヤーキャラを育成するのか。

 この辺りをどの程度まで突き詰めていけるのかによって、勝敗が大きく左右される。時間をかけて育成した者が報われる――PvPというのは大体そういう事になりがちである。

 

 ともかく、である。

 そんな闘技場へのお誘いが、今世のマコトにも届いたという訳である。

 尤も、前世のゲームにおいては冒険者とプレイヤーが殆どの場合イコールだった訳だが、今世においては冒険者というのは単なるイチ職業に過ぎない。かつてプレイしていた闘技場とはまた少し様子が異なるだろう、とマコトは推測していた。


「今回の闘技場、優勝すればかなりの賞金が手に入りますよ?」

「……地道に稼いでいくつもりなので……」


 金で釣ろうとする職員に対し、マコトは遠慮しながらそう口にする。

 遠慮するには理由がある。

 一点目は、先述したようにあまり自身の居場所を明らかにするような事は避けたいという事。

 もう一点は、果たしてこの闘技場は安全なのか、という事。

 ゲームにおいては、闘技場で例えHPが0になったとしても、闘技場内の事は外には影響しないという特殊な裁定が為されていた。

 例えば闘技場以外のコンテンツでHPを減らした状態で闘技場に参加しても、HPは全快しているし、闘技場でHPが0になったとしても、闘技場から出ればHPは闘技場に入る前の状態に戻る――というものである。

 しかしながら、それはあくまでもゲームでの話。

 現実世界となった今、そのような特殊な裁定が現実になるとは考えられず、安全性が担保されているのかという不安点を拭い切る事ができない。

 そう言った理由から、幾ら賞金を理由に釣られても、そう簡単には首を縦に振る事ができなくなっていた。

 

 しかし。


「最高賞金額が――だとしても?」

「やります」


 結局のところ、マコトも人間――正確には犬人だが――という事。

 大金を積まれて一切動かない、なんていう者等ではない。

 どこにでもいる冒険者の一人に過ぎないのだった。



「やっちゃった……」


 闘技場の開催日当日。

 賞金額を耳にして参加を決めてしまったマコトは自身の行いを恥じていた。

 無論、その賞金額が地道に稼ごうとしたら途方もない金額になる以上、参加するメリットは間違いなくあるのだが、それ以上にデメリットが大きいにも関わらず参加を決めた、というのがマコトとしてはショックが大きかった。


 とはいえ、マコトは前世の頃からそこまでできた人間だった訳ではない。

 人並みには欲に負ける。そんなどこにでもいる平々凡々なゲーマーに過ぎない。

 幾ら転生者と言えど、絶対に超人となる訳ではない。

 勿論、他の一般人と比べたらアドバンテージがあるのは間違いないのだが、前世が特に平凡な人生である以上そのアドバンテージというのは、絶対的なものではない。

 寧ろ前世が平和な世界だった事もあって、忍の里での鍛錬についてマコトは遅れをとっていた方だった位である。

 この世界がRTOというゲームが基となっているだろう、という推測が今の所正しくて、そのおかげで知識面においては大きなアドバンテージを得ているマコトだが、逆に言えばアドバンテージなどそれくらいしかない。

 つまりは、他の冒険者との違いというのはそこまで大きくない、優位性が確保されている訳ではない、という事だった。


「……でも、やるしかない……よな……」


 しかしながら、参加手続きをしてしまったからには、あとは結果を出すしかない、とマコトは腹を括る。

 いつまでも後悔していては話にならない。

 一度は決断したのだから、後は突き進む、やり抜く以外に道はない。

 マコトは自身を鼓舞するように内心で呟きながら、参加者の集う待合室へと向かうのだった。



『それでは第八試合はこのカードォ! まずは新進気鋭の銀級冒険者、ジェラルドォ!』


 マコトの前世で言う所のマイクの代わりとなる拡声魔法を用いた進行兼実況が、そのように口にするとマコトとは反対側から入場してくる。その様子を遠目で見ながら、マコトは集中を高めていた。

 ジェラルド、と呼ばれた銀級冒険者はわかりやすく甲冑姿。騎士学校出身の冒険者か、はたまた冒険者としての稼ぎで甲冑を揃えるのに至ったのか。

 どちらにせよ、少なくとも、この時のマコトはまだ銅級冒険者になって日が浅いため、マコトにしてみれば格上相手になっているのは間違いなかった。

 そして、それなりに知名度が既にある冒険者だからか、歓声はかなり大きく「ジェラルドー! 絶対に勝てよー!」という明らかに賭けていそうな声や「ジェラルド様ー!」といった黄色い声等、多種多様といった様相。


 この様子にジェラルド本人はと言えば、落ち着いた様子で兜をとってその歓声に応えている。流れるように自然な動作で行われている事によって、彼が舞い上がってそのような事をしている訳ではない、というのがマコトには伝わってくる。

 ――厄介だなぁ……。

 内心でマコトは眼前のジェラルドに対する警戒心を高める。初めから格上相手とわかってはいたものの、相手が歓声を受けて舞い上がるような人間であれば冷静さを失いやすく戦いやすかっただろうに、とマコトは考える。


『次に、こちらはダークホースになり得るか、銅級冒険者、マコトォ!』


 そんな呼び込みと共にマコトは意を決して入場する。

 ジェラルドの時と比べれば歓声は減ってはいるものの、場の空気が凍りつくような事はない。

 少々――いや、大分ジェラルド優勢と見られてはいるものの、その分マコトが勝った場合に賭けていれば大儲けできる、と考えている者達からは少なくとも「俺はお前に賭けたからなー!」という声援がマコトに届いていた。

 動機は不純とはいえ、自身の事を応援してくれている人間には違いがない。小さくため息をついた後、表情を取り繕いながらその声援に手を挙げて応えると、声援がより一層増すのを感じられる。

 

 ――これは、舞い上がってしまいそうだ。


 眼前のジェラルドが、舞い上がっていないように見えないという事実に、マコトは素直に相手がそれだけこういった環境に慣れているという事なのだろうと結論づける。同時に、相手が強敵であるという事も併せて。

 声援に応えながら会場の中央までマコトが歩くと、そこにはジェラルドが待っていた。


「……よろしく頼む」


 爽やかな声でジェラルドがそう言ってマコトに手を差し出す。開始前の握手、というやつだった。


「……こちらこそ。宜しくお願いします」


 マコトはそれを握り返して数秒。互いに踵を返して規定の位置について、再度向き合う。


『さぁ、どちらが勝利して次戦に進むのか――! 初めッ!』


 進行役がそう言うと、ゴォン、と金属音が鳴り響く。所謂、ゴング。それと同時にマコトは地を蹴り、ジェラルドに向かって駆けていくのだった――。

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