P004/02/犬娘、闘技場に出る
「来るかッ――」
相手のジェラルドが身構えるのをマコトは視認する。
このまま真っすぐ突き進んだ所で、STRやVITでは相手の方が上回っているように感じられる以上、何かしらの策が必要だろう、とマコトは思案する。
ジェラルドの装備している騎士甲冑について、マコトは前世の知識から知っている。
高い防御力を持つ代わりに、装備する者のSTRやVITが一定値を超えていなければならない、という制限を持つ甲冑。
その為、低レベルでは装備できないという短所こそあるが、この甲冑そのものの性能は極めて高い。
一応、AGIにマイナス補正が罹ってしまうという短所こそあるが、これは騎士甲冑というカテゴリ全体が持つ弱点である以上、この甲冑特有の弱点とまでは言えないという塩梅だった。寧ろ、他の騎士甲冑よりはマシという評価である以上、明確な弱点とも言い難い。
前世でRTOをプレイしていた時には、プレイヤー優位となる仕様である為にそこまで気にした事のないマコトだったが、こうして直接それを装備した冒険者と相対する状況になった事で、その性能の高さに初めて不満を持つに至った。
――せめて他の騎士甲冑と同じ位AGIにマイナス補正が入ればいいのに。
一瞬だけ、そのような事を考えてからその考えをかき消す。
そして、一呼吸の後に意を決して「
「何ッ!?」
唐突に視界が奪われた事でジェラルドは咄嗟に目を腕で覆う。
これは、ジェラルドからすれば想定外の出来事だったのは間違いない。
闘技場において、魔法が禁止されているなんて事はない。
寧ろ、魔法使いが参加する事もある以上は、魔法を使用というのは推奨されている程と言える。
しかしながら、ジェラルドが驚くに至ったのは、犬人が平然と魔法を使った事、この一点に尽きる。
一般的な犬人は魔法を十全に扱えるようなイメージを持たれていない。
どちらかと言えば、高い身体能力を活かして物理攻撃に偏重しているイメージなのが一般的だろう。
そして、ジェラルドも同様のイメージを持っていた。
銀級冒険者の彼をしても、これまでマコトのように初手で魔法を唱えるような犬人にはこれまで出会った事がなかった。
その為、予想外な事が起き過ぎて、冷静さを僅かに乱される。
だが、あくまでほんの僅か。
数瞬後には落ち着きつつあり、マコトの姿を探す。
――その数瞬こそが、マコトの欲しかったもの。
犬人特有の高いAGIを目一杯活かした全力疾走。
圧倒的な速度であっという間にジェラルドの背後へと回り込んでいた。
それと同時に地を蹴り身体を浮かせた状態で捻りながら「
マコトが忍の里で学んできた体術の一種。
本来ならば一対多で活用される範囲攻撃の性質を併せ持つ技だが、咄嗟に背後へ向けても攻撃を当てられるという意味において、この場では最適な技と言える。
ジェラルドからすれば、唐突に背後から回し蹴りが飛んで来るような状況に「何ッ……!?」と驚きの声をあげる他ない。
とはいえ、ジェラルドは甲冑を身に着けており、マコトの旋風は決定的な一打とはなり得ない。
僅かに体勢を崩す程度、ふらつく位であり少しすればその体勢も元通りである。
だが、その僅かな時間をマコトは見逃さない。
回し蹴りを叩き込んで着地し、勢いのまま上半身を捻って右手の爪をジェラルドの甲冑の隙間へと滑り込ませる。
本来ならば、甲冑の隙間を狙うなどかなり至難の技であるが、マコトは里での鍛錬でDEXも相当に鍛えられている。
つまり、本来ならば難しいであろうこれもマコトにすれば少々手間がかかる、集中力が要るものの可能というものになっている。
寸分違わず甲冑の隙間に入り込んだ爪が、ジェラルドの身体を斬る。
全身を甲冑で守っていたにも関わらず、自身の身体を直接斬られたジェラルドは「ぐァッ――!」と苦悶の声を漏らす。
ジェラルドからすれば、一番の想定外だっただろう。その痛みで思わず身体が硬直する。
人間というのは、痛みというものに対してそう強くない。
確かに、鍛錬を重ねた人間であれば、その痛みを堪えるなんて事は確かに可能だろう。
たが、それも限度がある。
更に言えば、ジェラルドからすれば全身を甲冑で守っているが故に、直接甲冑の内側を斬られるなんていう経験はそう多くしていない。あったとしても、偶然そこに矢が刺さる程度の事だろう。
普段ならば、甲冑の上から刀剣の類を叩きつけられる、殴打されるような状況を想定している訳であり、今回の事は正しく想定外。
結局の所、想定外の事が起きれば誰でも、平静さを保つ事はできなくなる。
この場で硬直する、なんて事は平静さを保っているのであれば、絶対にやってはいけないと理解している筈なのだから。
マコトは器用に一度バックステップを入れながら上半身を後ろに倒して、垂直後方一回転をしつつ「三日月蹴り」と唱えながらジェラルドの顎を正確に蹴り上げる。
そのまま綺麗に着地をした時には、ジェラルドは甲冑越しながら顎にクリーンヒットさせられた事によって脳を揺すられ、その意識が薄らいでいく。
だが、マコトからすれば戦闘続行が可能か否かがわからない以上、もう一撃を食らわせようと踵を振り上げ――。
「――そこまで!」
進行役のその言葉を耳にしたマコトは寸での所で振り下ろした踵を静止させる。
あと数センチ降ろしていれば、踵がジェラルドの顔面へと甲冑越しながら直撃している所であった。
危うく対戦相手の命を奪いかけた事にマコトは冷や汗を流しそれを腕で拭う。
会場の空気が一瞬冷える。
大本命、とはいかなくとも少なくとも銅級冒険者に負けるとは思われていなかったジェラルドの敗戦は、闘技場で彼の応援をしていた者達を沈黙させるには十分過ぎた。
もしかしたら、勝ってはいけなかっただろうか、負けるべきだったのだろうか、とマコトはつい考える。
勝つために参加したとはいえ、ブーイングを受ける為に参加した訳ではない。
元から悪役として出るつもりであれば話は違うのだろうが、マコトとしては賞金を稼ぐ以上の目的はない。
そこに悪役なんていう属性を付与する必要性をマコトは感じていなかった訳だが、今回こうしてジェラルドを倒した事によってもしかしたらそういう立ち位置になっていまったのだろうか、とマコトは考える。
そんなマコトの様子をよそに、進行役が「勝者、マコト!」と宣言すると歓声があがる。
「下剋上いいぞぉ!」
「お前に賭けて正解だったぞぉ!」
明らかに倍率を見てマコトに賭けただろう、という声が大きかったのは勿論の事、純粋にこの一瞬の勝負を見て歓声をあげているものもちらほらと見られる。
ジェラルドに肩入れしていた者からの反応は僅かに鈍いが、ブーイングが飛んで来るような気配はなかった。
――なんだ、杞憂か。
その事にマコトは安堵のため息をついてから、歓声に応えるべく手を上げたのだった。
こうしてマコトは闘技場の初戦に勝利した訳だが、闘技場はまだ終わっていない。
これはまだ、単なる“第一試合”。この闘技場はトーナメント方式となっていて、勝者が次の試合へと進む決まりである。
故にマコトは次の第二試合まで身体を休める必要があり――いや、最後まで勝ち抜いて優勝する事が目標になるのであれば、第一試合と第二試合も力を出し切らずに体力を温存する事も意識しなければならない。
まだまだ先の長い闘技場、やらなくてはならない事が思ったよりも多いという現状に、マコトは控室でため息をつくのであった。
――やっぱ出なきゃよかった。
結局、その思いは消えていなかった。
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