006/06/波乱の道中
「……まさか、護衛含めて三人の徒党にここまでやられるなんてね」
マコトに左腕の爪を眼前に突き付けられた襲撃者の一人は、そんな感想を口から零す。
その声色からは大きな落胆が見てとれる。
尤も、勝てると踏んでの襲撃で、実際にマコトに深い手傷を負わせたにも関わらず、そこからあっさりと逆転を許したのだから自然な事ではある。
詰めが悪かった、と言われてしまえば否定のしようもないだろう。
「指揮官は?」
「言えないなあ……」
そう回答する男の首元にマコトは目をやるが、そこには冒険者札は見当たらない。
冒険者の場合、すぐ見せられるようなところに冒険者札を携行している必要がある。冒険者である事をすぐに示す事ができる状態を望ましいとされていて、マコトやリリウムのように首から下げてすぐ見せられるようにしている。
しかしながら、この男はそういったものを首から下げている様子はない。
それはつまり、彼は冒険者ではないという事になる。
冒険者でないのであれば以前のような聞き込みをしたところで、虚偽の回答をされてしまう恐れがある。
つまり、ここで聞き出そうとしても意味がない。
そんな事実に対してマコトは内心で舌打ちをしながら、男の股間を蹴り上げる。
「ィぎッ――!?」
唐突な痛みに男は情けない声をあげる。無理もない。
恐らく大多数の男が苦手とする感覚なのだから。
前世では男だったマコトにはその辛さがよくわかる。――わかるからこそ、こうして相手にそれを食らわせたのだが。
悶絶し男はその場で前屈みになって倒れる。そんな男に対して蹴り上げていた脚をそのまま振り下ろす。
「
その場で脚を振り下ろす踵下ろし――“鹿威し”。RTOのゲーム中での出番は上位技を覚えるまでの繋ぎでしかなく、そう多くないものの、この状況ではそれで十分だった。
十分な威力が男の脳天へと突き刺さり、男はその場で気を失う。
少なくとも三人を無力化し、この場には静寂が訪れる。
しかしながら、先程マコトが耳にした指揮官らしき声の主は近くに感じられない。
どうしたものか、と思いながらも一旦はリリウム達と合流するべきだろう、とマコトは急いでリリウム達の所へ戻るのだった。
「――いや流石にそれは予想外だって」
マコトはつい思わずそのように声を漏らす。
急いでリリウム達のところへ戻ったマコトが見たのは、リリウムが敵の指揮官らしき人物をロープで縛りあげている姿だった。
まさか、指揮官が逃げるでもなくリリウムのところへと向かっているとはマコトは予想だにしていなかった。
「あ、マコトさん。これで良いんですよね?」
まさかマコトが驚いて硬直しているとは思わずに、リリウムが純粋にそう尋ねる。
何も間違っていないので、マコトとしても「あぁ、うん。それで大丈夫」という他ない。
冒険者となって日が浅いにも関わらず――マコトが手解きをしているからだが――手際が良く、随分と逞しくなったなあ、とマコトは内心で呟く。――勿論、マコトが逞しくしたのだが。
「とりあえず、その手下もまとめて縛っておく。ちょっとそこで動かないでおいて」
マコトは指揮官らしき人物の捕縛に成功したのであれば、手下もまとめて縛っておこうと思いそう口にすれば「わかりました」とリリウムが返答し、その返答を背にマコトは先程伸してきた者達の下へと行くのだった。
そうして三人の眼前に並べられた、縛られている男性四人組。
内一名が指揮官らしき人物。
「アービーさん、この方々に見覚えは?」
マコトがそう尋ねると、アービーは暫し「えーっと」と声を漏らしながら四人を眺める。
そして、一人の防具の意匠を目にすると、手帳を取り出してそれと見比べる。何度か視線が行き来した後にアービーは再度口を開く。
「……この方の防具には、ヘルヴィア共和国の農業協会のマークがありますね……」
アービーのその言葉にマコトは「なるほど、農業協会」と理解を示し、リリウムは「なんでそんな方々が国境を渡ってガルディ王国に……?」とまだ納得がいっていないのか首を傾げる。
「ちょっと合点がいきました。農業組合はガルディ王国とはあまり関係がよくないんですよね」
状況を理解したアービーはそう言って、まだ少し理解し切れていないリリウムは「というと……?」と続きを促す。
「端的に言うと、ヘルヴィア共和国はガルディ王国から多くの農作物を輸入しています。これは、ヘルヴィア共和国がそもそも農業に適した土地を多く所有していない、という事情もあります。しかし、農業組合としては自分達の作物が国内で売れなくなるのでは、と危惧している、と言った所でしょうか」
「あー……そういう事ですのね……」
そこまで説明されれば、商品の輸出入にも絡んでいる商会の娘として理解しない訳にもいかなかった。
完全に状況を理解して納得するように幾度か頷く。
要はつまり、ヘルヴィア共和国の農業組合が、ガルディ王国に向かう自国外交官に対して襲撃する事で自国上層部に圧力をかけようとした――という図を連想させるのに十分過ぎる証拠を、彼らが持っていたという事となる。
そのような事で、と言いたくなる気持ちをマコトは抑える。
この世界はマコトの前世とは事情が大きく異なる。
ここは、騎士や兵士といった立場でなくとも、各々がそれなりに戦闘力を持ちうる世界。
何かしら現状に不満があった場合は、直接的な手段で抗議をするなんて事はここでは当たり前。
今回のケースで言えば、何らかの手段でアービーがガルディ王国へと向かうという情報を手に入れた農業組合がアービーを襲撃する事で、自国の輸入政策を見直させようという魂胆だった。それだけの話である。
尤も、その行為が果たして現状の抗議の方法として適切だったかは、度外視せざるを得ないのだが。
「農業組合の仕業という事にしたい者、という線も捨てきれないけど……考え過ぎかもしれません」
一応の可能性として、アービーはこう付け加えるが、マコトとしてもそれは考え過ぎだろうというのが結論だった。
そこまで狡猾な者による仕業なのだとすれば、ここでどれだけ考えようとも結論は出ないのだから。
「……そろそろ、先に進みましょう」
男性四人組を縛るロープの具合を確認してから、マコトはそう言う。
これにリリウムが「はい」と返し、アービーと共にマコトの後ろをついて行くのだった。
そうして暫く歩いていけば、自然豊かな道からある程度整備された街道に出る。
人の往来が多く、ここまで来ればよほどの事がなければ襲撃者による奇襲というものはない、というところ。
これには三人とも一先ず安堵の息をつく。
とはいえ、まだ到着した訳ではない。マコトは再度気を引き締めながら周囲を警戒する。
護衛任務において、警戒はするだけ得である。警戒のし過ぎというのはない。
仮に、それが空振りだったとしても“そこに脅威がなくてよかった”と後で安堵すればいいだけなのだから。
マコトが最後まで気を引き締めて周囲の気配を探り続けるが、特に身の危険はなく、そのままガルディ王国の暫定的な王宮のある街へと辿りつく。そこでマコトが見たのは――。
「――思ったより、質素な王宮なんだな」
そこにあったのは、王宮と言われてもイマイチピンと来ない、そこそこ大き目な邸宅と形容するのが自然な建物であった。
見るからに困惑しているマコトに対して事情を知るアービーは口を開く。
「まぁ、建て直しの間だけの暫定的なものですからね。王家の方々も暫くは我慢する、という事らしいです。その分、新しくできる王宮は今まで以上に華やかなものとなる――なんて話もありますから」
「え、あれより華やか……ですか……?」
以前の王宮を知るリリウムが驚いてそう口にする。
マコトは前世でプレイしたRTOではどうだったかを思い出そうとして、ガルディ王国周辺はそこまで詳しくなかった事に気が付く。
「……さて、このまま王宮までお願いします」
そんなマコトの様子は兎も角として、アービーはそう声をかければマコトも普段の調子を取り戻して「わかりました。行きましょう」と三人でガルディ王国の暫定的な王宮へと向かうのだった。
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