001/03/山中での状況説明(前)――「一応は信頼してもらえるかな?」
翌朝。
陽は昇りつつあり、空も明るい青になりつつある頃。
「ん……」
寝袋に包まったまま、リリウムはそんな声を漏らしながら目を開ける。すると、木々の隙間から差し込む陽光の眩しさに一瞬目を細めてから、普段と異なり身動きがとれない事に僅かばかり驚いてから、昨夜の事を思い出す。
「そうだ、寝袋とやらに包まって……」
「――おはよう、お嬢さん」
まだ眠気の残るリリウムに、そう話しかける声。
はっとして声の方を向けば、昨夜リリウムの前に颯爽と現れて魔獣を倒し、追い返した命の恩人――マコトの姿がそこにはあった。更に、何やら美味しそうな香りが漂い始め、リリウムは上半身を起こす。
「それは……?」
「ちょっと奮発したスープ。まあ、お嬢さんからすれば安物だろうけどさ」
リリウムは知らない事だが、昨夜のマコトはより質の悪い糧食を口にしていた。
流石にそれは食べさせられない、と贅沢品のつもりで購入したスープの素を用いていた。美味しそうな香りの正体は、そのスープの香りであった。
焚火の上に小型の鍋が吊り下げられていて、その中身をマコトがかき混ぜていて、カツカツと小気味よい金属音がリリウムの耳に届く。
そこから漂う香りに身体が反応したのか、ぐぅ、と腹が鳴る。
これに対して「あ」と声を漏らしながらリリウムは顔を赤らめる。
「……随分と可愛らしい返事だこと」
リリウムの様子を見て、茶化すようにマコトがそう言うとリリウムは頬を膨らまして抗議するのだった。
――尤も、そんな抗議をしたところで空腹である事実は変わらないのだが。
抗議を諦め、もぞもぞとリリウムは寝袋から出ると「そこ座りな?」とマコトが近くに置いていた折り畳み式の椅子のようなものを指し示す。
見た事ない物に驚きつつも、“座りな”と言われている以上これは座るものなのだろう、と理解してリリウムは腰掛ける。
ぎい、と椅子が音を立てる。
どうやらそこまで頑丈ではないようで「座り心地はその……うん」とマコトもリリウムから目を逸らしながらそう口にする。
だが、今のリリウムはマコトに全てを依存している状態なだけに、この程度で文句を言う訳にもいかず「いえ、大丈夫です……」と返事をするのが精一杯だった。
そんなリリウムの返事の直後に「……これで完成かな」とマコトが言ったかと思えば、鞄からコップのようなものを取り出してそこに鍋の中身――スープを注ぐ。
そして、そのコップをそのまま「ほら、飲みな」とリリウムに手渡す。
勢いのままコップを受け取ったリリウムだが、スープをコップで――しかも、直で飲むというのは未経験。
恐る恐るコップに口をつけて「あつっ」と声を漏らす。
咄嗟にふぅ、と息を吹きかけてスープを冷まさせつつ、再度口をつける。
まず一口。
恐る恐る少量を口の中に含む。非常に美味か、と問われればそれは否だろう。
しかしながら、極限までの空腹である事や、屋外という普段とは異なるシチュエーションによってか「おいしい……」という素直な声がぽろりと零れ出る。
暖かい分、ゆっくではあるが二口、三口目もそのまま口にしていく。
「……よかった」
そんなリリウムの様子を見たマコトは、スープは彼女に与えて正解だった、と考えながら自身は昨夜も食べた味のよくない糧食に手をつけるのだった。
「さて、色々と説明や確認が必要かな」
あの後リリウムはスープを完食し、マコトは相変わらずの質の悪い糧食を腹に収めた。空腹を埋める、水分を摂取するという日常的な事をしつつも、リリウムの状況というのは極めて異常事態である。
リリウムを助ける、と決めた以上はしっかりとやり遂げなくては、と意気込んだマコトは、リリウムにそう尋ねると「えぇ、正直色々とわからない事だらけで……」と肯定する。
「とりあえず、改めて自己紹介すると、自分はマコト。
「犬人……って、もしかしてその耳と尾は……」
「そ。作り物じゃないよ」
そう言ってマコトは自身の耳をぴこぴこと動かす。
尾もわかりやすく左右に揺らすと「話には聞いていましたが、初めて見ました……」とリリウムは驚きの声をあげる。
「犬人って、人間と犬の特徴を併せ持っているんですよね? もっとこう……言い方は悪いかもしれませんが、犬っぽいのかと……」
「あくまで自分はこうってだけで、もっと犬の特徴が強い犬人もいるよ。顔も犬っぽかったり、手に肉球があったりね。詳しい事は自分も知らないけれど」
マコトの説明に「そうだったんですね……」と納得し頷くリリウム。
そんな彼女に対してマコトは「それと、冒険者についても説明しなきゃだよね」と口にする。
「そうでした。昨晩、それがわからなかったんです」
「冒険者っていうのは、端的に言えば何でも屋。誰かの依頼を請け負って、それで日銭を稼ぐならず者一歩手前ってやつだよ」
「ならず者……?」
イマイチ理解の追いついていないリリウムを見て、マコトはどう説明したものかと「……えーっと……」と声を漏らしながら考える。
その間わずか数瞬、思いついたマコトは口を開く。
「オブライネン家ならわかると思うけど、騎士ってちゃんとした身分があるよね?」
「えぇ、それはまあ。少なくとも、騎士学校を出ているものしか採用していませんわね」
マコトの問いに対して、リリウムは肯定する。
オブライネン家は今二人がいる山の近辺では有名な名家でありお抱えの騎士もいる。名家である以上、他所からの来客来賓もある事からお抱えの騎士がその目に触れる事も少なくない。
「それに、
また、オブライネン家では手広く商売もやっており、商品の輸送等もその事業の一部となる。
その際に、小さな商人であれば都度護衛を雇ったりする所を、オブライネン商会では自らで抱えている騎士に護衛を任せている。
商品の輸送は商売においてはかなりの肝となる。
商店があっても商品が届かなければ何も売る事ができない。
その為、その護衛を任される騎士は信頼できるものでなければならない。
だからこそ、学校という最低限の実力をつけなければ卒業できないものを条件に、オブライネン家では騎士を雇用しているのだった。
「冒険者にはそういうのないんだよ。一攫千金を目論んで騎士学校とか魔法学校を卒業して冒険者になる夢見がちな人もいるけどね」
しかしながら、冒険者はそうでない、とマコトは口にする。
「要は誰でもなれるんだ。寧ろ、冒険者という職業につく事で身分を確保する、なんて使われ方もしている位だし」
「それじゃあ、冒険者に仕事は任されないのでなくて……?」
「その為に、これがあるんだよ」
そう言って、マコトは首に下げていたネックレスの先を掴んでリリウムに見せる。
それは、とても小さな板状のもので、銀色に輝いている。
リリウムが覗き込んでみてみれば、そこには確りと“マコト”という名前と数字の羅列が記されている。
「冒険者の等級を示す札。仕事を完遂して依頼人や冒険者をとりまとめる組織から認められると、少しずつ良いものになっていく。初めは鉄、次に銅。銀や金にもなれば、騎士学校卒業と対して変わらない身分になるよ」
「この札は銀、という事は――」
「そ。一応は信頼してもらえるかな?」
マコトはそう言いながら、笑みを浮かべる。
――そうでなくても命の恩人は信頼しますのに。
リリウムがそう思っている事には一切気づかずに。
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