001/04/山中での状況説明――「これに誓ってもいいよ」
「ところで、そんなマコトさんがここにいるのは、仕事ですわよね?」
「まあ、そうだね。一応この鞄の中にある手紙を届けるのが自分の仕事かな」
そう言って、封のされている手紙をマコトは鞄の中から取り出して見せる。
「中身を見ないで、宛先まで届ける――これも冒険者の仕事の一つだね」
「本当に何でもするんですのね……」
冒険者、という字面からは想像できない地味な仕事にリリウムは僅かに驚きを覚える。
そんなリリウムの様子を感じ取ってか「大体の仕事はこんなものだよ。寧ろ、本当に冒険や探検するのは本当にリスキーだから」とマコトは釈明しながら手紙を鞄の中にしまう。
「そうなんですの?」
「まあ、洞窟探検とか迷宮探索をする冒険者も少なくないよ? でもまあ、リスクとリターンが合ってるかと言われるとなんとも。貴重な物品を見つけて売り払えば一攫千金になる事もあるから、それ狙いの人も多いけどね」
「夢のない話ですわね……」
「まあ、たまに本当に大当たりな冒険者が出るから、夢を見てしまうんだろうけど。安定した生活を望むなら、実績を積み重ねて銀や金になって騎士を目指す方が順当じゃないかな」
そう言いながら、マコトは先程までリリウムに見せていた銀色の札を衣服の中にしまい込む。
その様子を見たリリウムは「じゃあ、なんで貴女は騎士になっていないんですの……?」と疑問を口にする。
これには「うーん」と少々考え込んでからマコトが答える。
「なんとなく、かな。惰性で続けているだけだよ。自分のペースで仕事ができるっていうのもあるしね」
「――さて、一通り自分の事については話したかな」
粗方、自分についての話をしたマコトがそう口にすると「ありがとうございます……では、私の事ですわよね?」と状況を理解したリリウムがそう口にする。
言ってしまえば、ここまではアイスブレイク。
ここから、少しずつ本題に入るという事だった。
「では、私も改めて。私はリリウム・オブライネンと申します。知っての通りオブライネン商会の会長、ジェームズ・オブライネンの娘です。一応、魔法学校を卒業しておりますわ」
そう言って、リリウムは頭をぺこりと下げる。
オブライネン商会、ジェームズ・オブライネンについてはマコトもよく知っている。
オブライネン商会は比較的規模の大きい商会であり、その販路もかなり多岐に渡る。その財力は小国にも匹敵すると言われる程の実力者としてジェームズ・オブライネンは国内外にもその名を広めている。
また、マコトの知人である銀級冒険者の何人かはそのオブライネン家のお抱えの騎士として引き抜かれ、冒険者を引退していたりという経験もあって、マコトとしてはその名前をよく覚えていた。
「魔法学校卒業……って事は……」
「一応、学校で学ぶ範囲の魔法であれば扱う事ができますわ。――尤も、貴女がさっき使ってた洗浄の魔法は
昨晩、マコトの使っていた洗浄の魔法に対して、驚いていた事についてそう説明すると「まあ、洗浄はかなりマイナーな魔法だから仕方ないよ」とマコトはフォローする。
これには「ありがとうございます」とリリウムは感謝の言葉を返す。
魔法、という言葉で一括りされているものの、魔法には多くの種類がある。
その全てを知り、扱える者はいないとまでされているという事を、マコトとリリウムはよく知っていた。
マコトはこれまで出会った事のある魔法使いから、リリウムは魔法学校での課程でそれをよく知らされていたのだった。
「……一応、
「属性魔法が三属性……十分過ぎない、それ?」
「まあ、これでも魔法学校では成績上位でしたので……」
謙遜するリリウムに対して「いや十分凄いよ」と素直に賞賛を口にするマコト。
というのも、マコトの中での魔法使いの基準は冒険者であり、冒険者の多くは独学で魔法を学んだ者だった。
独学で魔法を学ぶ者の多くは、属性魔法と呼ばれる主要な攻撃魔法を一種類しか習得していない事が多い。
ちゃんとした師がいないと多くの魔法を覚えるのは極めて難しいからである――とマコトは知人の魔法使いから聞かされていた。
また、魔法学校に通っていて、ちゃんとした師がいたとしても、複数の属性魔法を習得するのは容易でない。
例えば、先程リリウムが口にしていた火炎と氷結では求められる素質が異なっており、ただ知識があるというだけでは習得できないのが属性魔法だった。
そのように聞かされているからこそ、マコトはリリウムをただ賞賛する。
「属性魔法って魔法使いの扱う魔法の華でしょ? 三属性を扱うってだけでも冒険者なら引く手数多だって」
「そういうものでしょうか……?」
「自分の場合、洗浄とかのマイナーな魔法は幾つか習得しているけど、属性魔法は学ぶ機会もなかったし――あ」
賞賛されて戸惑うリリウムに畳みかけるようにマコトは賞賛の言葉を浴びせてから、話しが脱線した事に気が付いてから、わざとらしく「こほん」と咳払いをしてから「ちょっと話を戻そうか」と強引に話題を戻す。
「目が覚めたら、あそこ――山奥に放置されていた訳だけど、何か思い当たる節とかある?」
「それは――」
マコトの問いに対して、リリウムは返事に窮する。
気がついたら山奥にいて、魔獣に取り囲まれていたという事実。
その当時は気が動転していたのもあって、何が起きているかもよく理解できていなかった彼女だが、一夜明けて冷静に考える時間を与えられた事で自身の状況が如何にきな臭いかがよく理解できた。
ジェームズ・オブライネンの娘、リリウム・オブライネン。オブライネン商会のトップの娘という立場は将来的に、オブライネン商会に大きな影響力を持つ事が予想される。
また、魔法学校での成績は優秀ともなれば、彼女自身がオブライネン商会の次期トップとなる未来もあり得るかもしれない。
オブライネン商会は非常に大きな商会だ。会長のジェームズ・オブライネンの下には多くの側近がいて、それぞれが派閥争いをしているともリリウムは聞かされていた。
また、そうでなくともリリウムには兄弟や姉妹もいる。
――つまり、身内にリリウムの事を疎んでいる者がいるかもしれないという結論に、リリウムは思い至ってしまう。
「考えたくはないのですが、私を亡きものに従っている者がいるかもしれませんわ」
「……それが誰かまでは、わからない?」
「えぇ。商会の中での派閥争いは知っていましたが、こうして私が当事者になるとは全く……」
リリウムの知る限り、誰かに嫌われていたという記憶はない。
裏では嫌われていた可能性を考えればキリがないものの、少なくとも表立ってリリウムを毛嫌いするような風潮はなかったように彼女は感じていた。
少なくとも、リリウムの記憶では兄弟や姉妹との関係は良好だったと記憶しており、その中にリリウムを亡きものにしたがっている者がいるとは、リリウムは考えたくなかった。
リリウムの心中に不安が募る中で「とりあえず、家までは送ってあげる」と一旦その場の空気、雰囲気を切るかようにマコトが口を開く。
はっとしてリリウムはマコトの顔を見る。
「相手がその気なら、帰る道中にも何か仕掛けているだろうしね。その全てを突破していけば、犯人もわかるだろうさ」
「大丈夫なのですか……?」
「見せたでしょ、銀の札。これに誓ってもいいよ」
そう言って、マコトは笑みを浮かべる。
それにつられてリリウムもくすり、と笑みを零すのだった。
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