29話 嵐を呼ぶ紅白戦
しかし、その静寂を破ったのは、年明けの一大イベントである紅白戦の告知だった。これはタイトル戦ではなく、各チームやエントリーした個人が紅白に分かれて戦う、お祭りめいた模擬戦だ。
バル・ドゥ・ソワールやリリアとの交際開始で、てんやわんやだったナツメは、学園のにぎやかな雰囲気に触れ、ようやく日常が戻ってきたことを実感し、ほっと一息ついていた。
もっとも、今はその紅白戦の真っ最中ではあるのだが。
短期決戦がコンセプトのクルセイダーは、紅組の本陣防衛の切り札として控えていた。白組のアストラルが空襲を仕掛けてくると確信し、ナツメはこうして戦力を温存させながら控えているわけだが……。
隣では、エリがミラージュの新しいパッケージを存分に振るっていた。ストームパッケージと呼ばれるモジュールは、頭のない巨人のようで、ミラージュはそこに頭以外をすっぽりと収めることでドッキングする。その巨神が想定している戦闘は拠点防衛であり、今まさに猛威を振るっていた。
ミサイルやレールガンがドッカンドッカンと火を噴き、敵に襲いかかる。的が大きいので敵からの攻撃も集中するが、ミラージュは指向性バリアフィールドに阻まれ、本体には届かない。こんな出鱈目な装備は、ドレスのコアだけではそのエネルギーを賄うことなどできない。今回は、拠点にあるジェネレータから送電することで、エネルギーを賄っている。
レギュレーションが合戦仕様なので、わりとなんでもありなのが紅白戦というお祭りだ。
「エリ、そろそろ行ってくるね」
ナツメが声をかけると、エリは片手間に数機撃墜しながら返事をした。
「はい、そろそろ頃合いかと」
本当に頼もしくなったものだ。もう、敵には回したくないな……。ナツメは、そう内心で呟いた。
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空には、アストラル所属のアンが、敵本陣を目がけて翔けていく。景気良く武装をぶっ放すと、どんどんキルスコアが伸びていく。調子は非常にいいが、そんな自分よりも絶好調の人物がいた。
チームリーダーのリリアだ。リリアはフランスから帰国してからというもの、目に見えて上機嫌であり、さらに言えばアンからでも分かるほどに腕を上げていた。
(あのレベルの人がアタシより成長スピードが早いのは絶対おかしいっス!)
アンは、心の中でそんな不満をぶちまけた。
そんなふうに集中力を欠いていたからか、アンは、すぐ上空からドレスの反応が急に現れたことに対して、ほんの一瞬反応が遅れてしまった。
「は?」
視線を上げたときには、クルセイダーの脚が迫っており、「またっスかー!?」と悲鳴をあげながら撃墜判定を受ける。アンは、ナツメの奇襲に、まんまと引っかかったのだ。編隊を組んでいたリリアとキャシーは、冷静にクルセイダーを捉え、空の決戦が始まった。
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アストラルが空から奇襲をかける中、同じ白組の「疾風迅雷」も地上から敵陣を目指していた。地上部隊であるこちらは陽動役とはいえ、想定以上に敵を押し込めていない。
「あの時、本気じゃなかったのか、ほんとにやってられないな」
アマネは、眼前に立ち塞がるドレッドノートを睨み、不満を口にする。
もちろん、シェリー単独に手こずっているわけではない。彼女が指揮する地上部隊は、訓練された騎馬隊のごとく強固な陣形を保って戦い続けていた。
それに加えて途中、風のようにやってきて辻斬りした挙句、単身で白組の本陣に向かっていったカオリも無視できない。というか、自分以外があの化け物を足止めできるわけないので、気が気ではない。後ろに抜けていったカオリと、目の前に立ちはだかるシェリー。まさに前門の虎、後門の狼だ。
ここでシェリーと決着をつけられないのは口惜しいが、アストラルの奇襲が勝ち筋である以上、カオリは絶対に足止めしなければならない。アマネは後ろ髪を引かれる思いで、味方にシェリー達を任せて、単身カオリの後を追った。
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紅白戦が終わり、新年を祝うパーティーはホールにて大々的に行われている。参加者は紅白戦出場者全員であり、必然的に彼女たちはパシフィック校の中でも選りすぐりの
カオリは、テーブルに並んだ料理を豪快に平らげながら叫んだ。
「かーっ、勝利の美酒はうめぇ!」
「あんな決着はないだろう」
アマネは疲れたようにカオリの言葉に抗議した。
「あー、ごめんね。あんな怪物が本陣にいるのは流石に想定外だった」
リリアはアマネの言葉に申し訳なさそうに謝った。
「ナツメさん、なんか最近少し浮ついてないですか?」
エリは、向かいに座るナツメをじっと見つめながら言った。
シェリーは、腕を組み、冷静に状況を分析する。
「そもそもクルセイダーとハイドラのカタログスペックを比べたら、今まで空戦で勝ち越していたナツメが異常なだけだぞ」
その言葉にナツメにやられたキャシーも堪らず乗っかる。
「その人、奇襲とはいえ単身でリリア以外のアストラルを壊滅させたのになんで非難されているんですか。流石の私もこの扱いにはへこむのですが」
「そのリリアに手も足も出なかったからですよ」
エリの言葉に、ナツメは肩をすくめた。
ナツメは、その場からこっそり逃げようとしたが、リリアに腕を絡ませられて失敗に終わった。
小声で「なんだ?」と問いかけると、「勝者の特権でーす」と言われたので、「勝者は我々紅組だ」と冷静に訂正しておいた。あれは団体戦だからな。
あの日の告白、交際を始めて以来、リリアは目に見えて力をつけている。まるで、一つの殻を破ったかのように。それに加えて、1on1で勝てない原因にも、ナツメは心当たりがあった。
「呼吸を全て読まれている」とでも言うのだろうか。以前はリリアの知らない動きで翻弄することができたが、今は全ての手の内を知られてしまっているような心地だ。読み合いで勝てなければ、リリアとの勝負はかなり厳しいものになる。ナツメ自身は戦士として情けないと感じていたが、当のリリアはそんなナツメを情けないなんて思うはずもなく、ただただ己の成長を喜んでいた。
あの後の紅白戦は、ナツメがアンとキャシーを撃墜したものの、リリアから逃れられずに撃墜されてしまう。白組の勝利を一人背負ったリリアが、最後に見たのは、ストームパッケージという理不尽の塊だった。最近の成長もあって、なんとか撃破したかに思えたが、エリがモジュールから脱出しながら狙撃を決めて、リリアは撃墜された。
ナツメが思うに、ストームパッケージをわざと撃墜させなくても拠点は守りきれただろうに、エリは確実にリリアを仕留めるために、目くらましとして使い、狙撃で決めたのだ。リリアの冴えも凄まじいが、ここ最近のエリの成長も目覚ましいものがあった。グランドマスターズ以降は、立案する作戦のえげつなさも凄い。もうすっかり自分やシェリーと比べても見劣りしないように思う。
攻め駒を失った白組に勝ち筋はなく、中央はシェリーに制圧され、白組本陣ではアマネが凄まじい粘りを見せたが、結果としては試合時間を引き延ばすことしかできなかった。
アンは、目を丸くして言った。
「というか、なんで上空にいたのにセンサーに反応なかったんスか!?」
「ああ、ドレスを停止状態にして、気球で待ち構えてたからな」
ナツメの言葉に、アンは絶句した。
「ズルいっス!!」
「そう思うなら真似すればいいじゃないですか」
エリの冷淡な指摘に、アンは言葉にならない怒りを露わにする。
キャシーは、冷静に付け加えた。
「しかし、貴方とエリ・ホシノで、大きく差がついてしまったわね」
味方のキャシーからも刺されて、アンは涙目になる。
アンは内心ストームパッケージはズルだと思ったが、それを言えばまた「貴方も使えばいい」と煽られることは分かっていた。
それに、試合直後ではストームパッケージに対する認識はみんなアンと似たり寄ったりだったが、重装高火力ドレスを扱う疾風迅雷のミツコが「あんな複雑な火器管制、誰が真似できるのでしょう」と呟いたことをきっかけに、批判の声は下火になった。
各々盛り上がっているのをナツメが食事をしながら眺めていると、隣のカオリが「なあ、ちょっと話が違うんじゃないか」と囁いてきたので、なんのことか分からずポカンとする。
それを察知したリリアは、「それについて、僕から相談したいことがあるんだ」とカオリに伝える。カオリは不機嫌そうに眉を顰めたが、リリアが「大丈夫、悪い話じゃないから」と笑顔で言うと、毒気を抜かれたようにリリアを見つめていた。
「もしかして、チームにもまだ伝えてないの?」
耳打ちをするリリアに対して、ナツメはようやく交際のことかと合点がいく。小さく首を縦に振る。
「それなら良かった。僕も同席した方が、ややこしい話にならなくて済むと思うから」
任せて、と言わんばかりに微笑みかけるリリアに、ナツメの思考は追いつかなかったが、幸せそうなリリアの顔に見惚れて、まあいいかと流すことにした。
「やっぱりフランスに行ってから何か変ですよ、ナツメさん」
対面に座ったエリは、少し苛立たしげにそう言う。
「ナツメは意外と繊細だから、そんな風な接し方はやめた方がいいと思うよ?もっとストレートに押し込んだ方が効果的だと思うな」
余裕ありげなリリアの言葉に、エリは反論しようとしたが、「ほう?」と含みのある笑いをするカオリを見て、事態が己の想定を上回る速度で動いていることを朧げに察知した。
「確かに、愛嬌のある女の子の方が好きそうですよね」
エリがナツメに探りを入れると、ナツメは「最近のエリは頼もしくていいと思うけど」と逃げるように答えた。
「分かってるくせに」
頬を膨らませてナツメを睨むエリ。その可愛らしい仕草に、ナツメは思わず微笑んだ。
「この後、エクリプスのルームを借りてもいいかな?」
リリアが尋ねると、エリは「わ、分かりました」と緊張した様子で返事をした。
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