28話 ある少女のゆく年(new)

師走も残すところ3日となり、久々に実家へ帰省したエリは、家族との賑やかな夕食を終え、自室でそっと息をついた。

今日は年始の紅白戦で披露する予定のストームパッケージの最終調整をしていたこともあり、流石に疲れが心と体に重くのしかかっていた。



ふと、この一年を振り返る。パシフィック校に入学してからの日々は、本当に色々なことがありすぎた。


入学から二ヶ月近く、誰とも打ち解けられず、本当にこの先アクトレスとしてやっていけるのか、不安でしかなかった。周りの皆はもうチームを組み、各々の道を歩み始めてい中、自分だけが取り残されていくような焦燥感に押しつぶされそうだった。


そんな不安を抱えたまま、5月も終わろうかという頃、エリは運命の出会いを果たした。運命なんて、自分で言うのもこそばゆいけれど、本当にあの出会いから、全てが変わったのだとエリは思った。



素体しか完成していないミラージュと、実力も経験もあまりに足りない自分では、周りの装者アクトレスにとって魅力的なメンバーに見えないのは当然だった。17歳での入学は最年少の部類に入るけれど、実力が伴っていなければ、それは意味をなさない。なにせ、たった一年違いの18歳にはナツメとリリアがいて、あれだけ活躍したのだから。その圧倒的な実力差を、エリは嫌というほど思い知らされた。


それでも、ナツメやシェリーに支えてもらいながら、ニューオーダーを決勝まで戦い抜いたことで、装者アクトレスとして、そして一人の人間として、得難い経験をすることができた。まさかその後、二度も実戦を経験することになるなんて、夢にも思わなかったけれど。


人間とは不思議なものだ。普段の自分ならどう考えてもできないようなことでも、隣でナツメとシェリーが平然とやっていれば、いつの間にか自分もやれてしまう。これは人生における、本当に大きな発見だった。望んでいたことではなかったけれど、実戦を経験して、装者アクトレスとしての力で誰かを助け、守ることができると確信できたことは、エリにとって大きな転換点となった。



その後の、ライトニングパッケージの完成や、グランドマスターズでの優勝は、エリの生涯で忘れられないものになった。エリや、クサナギ重工のスタッフの想定を遥かに超えて戦闘データが蓄積できたことは、本当に僥倖としか言いようがない。


そして、グランドマスターズの決勝で、作戦の立案という形でチームに貢献できたことは、エリにとってかけがえのない自信になった。いつもはナツメの指揮で動くことが多かったが、自分の得意な机上での戦術理論が、コンペにおいても通用したこと。それは、エクリプスというチームで活動してきた賜物だった。



久々の自室で今年撮った写真を眺めながら、エリの思考は年末年始の間会えなくなるチームメイトへと飛んでいく。



シェリーの第一印象は正直言って怖かった。高身長で、とびきりの美人。おまけに実力も抜群となれば、その迫力はとんでもない。最初にチーム入りを拒否されたときは、きっとこの人とチームを組むことはないだろうと、エリは諦めていた。

だが、まさか模擬戦をしてまで加入させるなんて、漫画のようなベタな展開になるとは思っていなかった。


チーム入りしてからのシェリーは、見た目通り勇敢で、どんな時も頼りになる存在だった。それでいて意外と面倒見がよくて、すぐに打ち解けることができた。いまではお互いを名前で呼び捨てで呼び合う、友達以上の存在だ。



そして、ナツメ・コードウェル。彼との出会いが、エリの人生そのものを変えた。


最初の印象は、正直言ってシェリーと大差なかった。当時は女性だと思っていたし、シェリーにも勝る美貌と実力の持ち主だ。物腰こそ柔らかかったが、あまりに完璧すぎて、しばらくの間は、これは何かの陰謀なのではないか、あるいは、追い詰められた自分が生み出した幻覚なのではと、何度も疑った。


彼に導かれて戦っていくうちに、己の実力が飛躍的に引き上げられたのだと、今は理解できる。良質なアドバイスとバックアップ。自分一人では決して実現できなかったであろう豊富な戦闘経験を積む機会。そして何より、命を預けることができる信頼できる仲間との日々。それらのかけがえのないものは、全て彼によってもたらされたのだと思う。



一方で、ナツメ自身については、本当に謎が多かった。首席のリリアを凌駕するほどの実力。語られぬ経歴。つかみどころのない性格。隠されれば隠されるほど、彼の存在に興味を惹かれてしまった。


チームメイトとして、触れ合う機会が多かったからこそ、彼の正体を見破ることができたというのは事実だ。だが、その中でも一番の決め手となったのは、彼のコア共振率だった。


コア共振率63%。これは、女性の平均から考えると少し高めの数値だ。しかし、これがパシフィック校の入学者の平均と比較するとなると、かなり……いや、ありえないくらい低い数値だ。調べうる中で最も低い層で70代後半、平均で言えばおそらく80代半ばに迫るだろう。


ナツメが他のアクトレスと比較して低い出力でもあれだけ戦えるのは、彼の類まれなる戦闘技能のおかげだ。彼が装者アクトレスとして非常に高い能力を持っていることは、結果が示している。それでもエリには、どうしても引っかかる点がいくつかあった。


それは、ナツメの普段の立ち振る舞いや、微妙な常識の齟齬であった。そして何より、クルセイダーがコア共振率に依存しない、むしろコア共振率が低い装者アクトレスが他のドレスと戦うことを想定しているようなデザインをしていたからに他ならない。

そしてエリは、臨界者の存在を知っていた。それらの事象から推測できる事柄の一つとして、ナツメ男性説が浮かんできたのだ。



グランドマスターズ後のナツメの部屋での一件で、それは確信に変わり、エクリプスの3人の関係性は大きく進展した。覚悟はしていたものの、いざ男性だと意識すると、なんだかむず痒いというか、いや、正直に白状すれば、淡い恋愛感情が芽生えたことを意識した。


なんでもそつなくこなして頼りになる仲間が、とんでもない秘密と苦難を抱えていた。その肩にのしかかる重荷を考えると、胸が押しつぶされそうになる。戦うために生まれ、育った。周りの人全てに正体を偽り、ハンデを背負って戦い続ける。誰に縋ることも、助けを求めることもできなかったナツメが、初めて頼ることができたのが自分たちであったと思うと、その気持ちに絶対に応えたいと思った。


一方で、普段の不遜な態度と打って変わって、不安そうに俯くナツメを見たときは、庇護欲を掻き立てられた。この人も、自分と変わらない血の通った人間だったのだと、身近に感じた。そして何より、その憂いを帯びた表情が、言葉を失うほどに美しかった。



それはそうと、寝ているナツメに対して、パンツをめくって性別を確かめるというのは、今思えばやりすぎであったし、ナツメもよく許してくれたと思う。あの時のエリは、どこかおかしくなっていたのだ。意中の相手のあられもない姿を見たという事実は、未だにエリの中で、昏く、甘い情念を燃え上がらせる。


これからの自分たちの関係性や、状況が大きく変化していくことに、一抹の不安を覚える。それでも、今の自分であるなら、自分のなすべきと思ったことをやり通せると信じることができた。そして、あわよくば、ナツメとの関係も進展させたいと。



それにしても、ナツメに関して引っかかることがひとつあった。

クリスマスに開かれたバル・ドゥ・ソワールに参加していたナツメは、テロに巻き込まれたものの無事に帰国した。心配して訪ねると、今まで見たこともないくらいに浮ついており、そこはかとなく幸せそうな雰囲気を漂わせていたのだ。


年齢不相応な戦士の佇まいはなりを潜め、年相応の少年のような雰囲気のナツメに、エリは強い危機感を抱いた。年末年始は接触することができないが、次に会ったときには、少し距離を詰めていく必要がある。


乙女の密かな覚悟を胸に秘め、エリの年は暮れていく。


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