30話 キングの価値は?

新年会が終わり、2次会と称してエクリプスのチームルームに移動する。メンバーはリリア、カオリ、エリ、シェリー、ナツメの5人だった。



ルームに着くなり、リリアはすぐにナツメに頼み事をした。


「ナツメ、悪いんだけど、こちらで先に話を進めておきたいから、みんなにお茶を準備してあげてくれないかな?」


「わかった」


ルームの勝手を一番よく知っているのはナツメであるし、断る理由もないので、彼は快く請け負った。お湯を沸かしながら、テキパキとみんなからオーダーを取っていく。


ナツメが席を離れたのを確認すると、リリアは真剣な表情で三人に語りかけた。


「時間がないから手短に伝えるね。パリで僕がナツメに告白をして、交際が始まった。でもこれは、単なる勝利宣言なんかじゃなくて、むしろ協力要請だ」


カオリは、リリアの言葉に「ふむ」と小さく頷いた。


「ん?ああ、そういうことか。最初にナツメと付き合い始めたのがリリアでよかったな」


リリアは、カオリの理解の早さに安堵の笑みを浮かべた。


「話が早くて助かるよ。全員に利益のある話だろう?」


エリは、会話の流れが「みんなでナツメをシェアする」ものだということは理解したが、その理由まではピンとこなかった。


「その、なぜこのような結論になったのかがわからないので、できたら説明していただけますか?」


エリは恐る恐る尋ねた。


リリアは、エリの要請を優しく受け入れた。


「もちろんだよ。聡明な君でも理解できないのは無理はない。これはあくまで常識の差が出た、というだけのことだから」


エリは、自分の要請を優しく受け入れてもらえたことに少し安堵した。一方で、シェリーは渋面を作りながら口を開く。


「ナツメを守るためだな?」


「ご名答。さすがはナイトだね」


リリアは満足そうに頷く。そこでエリも、自分たちが置かれた状況を理解し始めるが、目の前にある非情な現実を受け止める心の整理はついていなかった。


「最初に言っておくと、この提案はもちろん断ってもらっていい。なんなら、僕からナツメを奪い取ろうっていうのも全然ありだ」


リリアのその発言は、自信に満ちていた。カオリは「進んで負け戦するバカはいねぇだろ」と鼻で笑う。


「各々、ナツメを取り巻く状況は多少知っていると思うけど、ナツメのバックには『イノベイター』という男性復権主義者がいる。ナツメは男性のドレス装者、『アクター』。その尖兵としての重責を担っている。要は、英雄の卵だね。そしてこのままいけば、イノベイターの目論見は達成されるだろう」


リリアの説明は、間違っていないだろう。エリから見ても、ナツメの実力と実績であれば、目標達成は目の前だ。


「問題は、ナツメの素性が公開された後だ。ここには二つの危険が潜んでいる」


エリは、言葉を挟んだ。


「えっと、一つはナツメさんを亡き者にしようと目論む者が現れることですよね?」


前に話に出てきた過激派の男性復権主義者『鉄血同盟ブラックスミス』は、ナツメの存在を許さないだろう。テロリストだけではない。現状の女性優位体制で利益を得ている者にとっても、ナツメは邪魔者なはずだ。待ち受ける運命は、過酷なものとなるだろう。


「そうだね。新たなイデオロギー闘争の台風の目がナツメになる。僕にとっても受け入れがたい現実だ」


エリは、そんな日が来ずに、今の生活がずっと続くことを切に願った。そして、意を決して疑問を口に出す。


「では、もう一つは何なのですか?」



「さっきの懸念は、ナツメの政治的な価値に関するものだ。もう一つは、ナツメの軍事的な価値についてになる」


「軍事的な価値ですか?ナツメさんは確かに優秀な兵士でタイトルを獲得するほどの実力者ですが、大局をひっくり返すほどの戦力ではありませんよ。これは、どれほど個人の実力が突出していても同じことが言えますが」


エリは一般論を語りつつも、この場にいる三人の視線から、自分の主張が間違っているという圧力をひしひしと感じた。


「エリ、コア共振率が遺伝することは知っているな?」


シェリーは、諭すように語りかけた。

エリはその一言で次に続く言葉が容易に予想できた。他の人(ナツメ、リリア、シェリー、カオリ)と比べると一般家庭の出身であり、割とリベラルな価値観を持つエリとしては、考えることも躊躇われるようなことだった。


「父親から引き継ぐ分の共振率を63%に固定できるというのは、驚異的なメリットだ。これは、母親のコア共振率の話とは次元が違う」


エリは、その考えの悍ましさに軽い吐き気をもよおした。つまり、ナツメを種牡馬のように扱うということだろう。コア共振率はX染色体上に影響されるというのが定説であり、今までのデータもその仮説を覆すものではない。とするならば、規格外の共振率を撒き続けることができる男性の価値は計り知れないだろう。もっとも、両親や子どもの人権を無視すればの話ではあるが。


「ナツメの体をそんな風に扱うなんて、許せないよね」


険しい表情をするエリをなだめるように、リリアは語りかける。それでも、その瞳には、憤怒と決意の炎が揺らめいていることは、その場にいる誰の目にも伝わっていた。


「悔しいけど、僕がどれだけ強かろうと、どれだけ影響力があろうと、一人でナツメを守れるなんてレベルの話ではないんだ」


寂しそうにリリアは言う。大企業の令嬢で、高いコア共振率を持って生まれても、血のにじむような訓練の果てにアクトレスとして頂点に登りつめても、最愛の人を守るにはまだ足りないというのは、あまりに残酷な現実だった。叶うなら、リリアだってナツメと二人で穏やかな人生を送りたかっただろう。

そこまで感じ取って、エリの頬からは知らぬ間に涙が伝っていた。


「正直、どれだけ味方を囲おうと足りないんだ。それでも……諦めるなんて、できない」


リリアは血を吐くように訴える。


「君の力を貸して欲しい」


リリアに手を取られて、エリは少し驚いた。自分自身が、この場にいる他の二人と同じくらい役に立てるとは、思わなかった。


「これだけ才能を開花させておいて、無自覚なんだね。忘れたの?君は、この学園の中でナツメから最初に誘いを受けたアクトレスなんだよ?そして、わずか半年でこの場に座ることができるほどの力を示した」


「あっ」


言われて初めて、エリは自己評価が低いままだったことに気がついた。戦闘中や作戦の立案中は自身の戦力を客観的に捉えることができていたが、無意識下では、あのころの引っ込み思案な少女のままらしい。そして、その自信は新たな決意に変わっていく。


「わたしも、ナツメさんを支えたいです」


「うん、歓迎するよ」


リリアの手を握り返し、固く握手を交わす。



「さて、残ったのは君だけだよ」


握手が終わると、リリアはシェリーに視線を向ける。


「我の気持ちが貴殿たちと同じところまで至っているのかはまだ判断できない。それでも、ナツメは我にとっても大切な、守るべき存在だ。協力は惜しまないと誓おう」


少し躊躇いがちにシェリーはそう答えた。


「うん、それでも構わない。あなたほどの人が助けてくれるなら、百人力だ」


リリアは爽やかに返す。


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「お待たせ」


ナツメは、テキパキとお茶を配って自分も席に着く。


その表情からは、直前まで、自身にまつわる重大な話がおこなわれていたなんて、微塵も想像していない様子だ。それも、自身の人生についての話をなんて。


「リリア、どこから話せばいいだろうか?」


のんきな様子のナツメに温度差を感じ、エリはすかさずリリアを問い詰めた。


「リリアさん、まさか肝心のナツメさんが何も知らないなんてことはないですよね?」


「話してないよ。外堀を埋めるほうが先だろう?」


ウインクしながら返すリリア。


「なんの話だ?」


にぶいナツメが面白かったのか、カオリが口を開いた。


「逆に、この局面がどう見えてる?」


その言葉でようやく、ナツメは皆の視線や表情に違和感があることを察知する。


「私、なにかしてしまったか?」


「うーん、強いて言うなら、わたしの男性観を破壊しました」


「ああ、それなら僕のもだね」


「なるほど、言い得て妙だな」


エリは冗談半分に状況をほのめかし、リリアも面白がってそこに乗っかる。シェリーはその的確なジョークに感心した。


「え、えぇ?」


ナツメだけは、なぜからかわれているかまだ分からず、困惑するばかりだった。

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