第2話「桐人のダンスショー」

【前回までのあらすじ】

島の海神祭に参加した桐人たち。桐人が仕留めたヤギの頭を神に捧げる儀式を見届け、村人たちとの宴を楽しんでいた。ウトちゃんと来年の祭りを約束した桐人だったが、水平線の彼方に浮かぶ小さな雲に、一抹の不安を覚えていた。

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ウトちゃんが広場の中心で楽しそうに踊る姿を、俺はさくらと並んで微笑ましく眺めていた。


太鼓のリズムがまた一段と力強くなり、宴の熱気は最高潮に達している。


すると、いつの間にか広場の人々の視線が、俺たちに集まっていることに気づいた。



「桐人様も、一差し舞っていただけませぬか?」



村長が、にこやかな笑顔で尋ねてくる。



「いえ、俺は見てるだけで十分です。踊りはどうも苦手で……」



俺が丁重に断ろうとした、その時だった。


隣にいたさくらが、悪戯っぽい笑みを浮かべて口を挟んだ。



「ご謙遜を。実は、桐人は踊りの名人なんです」



(はぁ!? おい、さくら、何を言い出すんだ!)



俺が驚いてさくらを見ると、彼女は楽しそうに目を細めている。完全にからかう気満々だ。



「え、キリート踊れるの!?」



踊りを中断したウトちゃんが、目をキラキラさせながら駆け寄ってきた。



「見たい見たい! 今まで恥ずかしがってたの?」



「いや、そういうわけじゃ……」



「桐人、あなたは一度見た動きを完全に再現できるのでしょう? でしたら、踊りも当然得意なはずです」



さくらが涼しい顔で追い打ちをかける。



(理屈はそうだが、剣の型とダンスは別物だろうが!)



「ふふ、桐人が困っている顔も珍しいですね」



さくらの楽しそうな声に、村人たちの期待の視線がさらに強くなる。もう逃げ場はない。



「キリート、なんでもいいから踊って! ウトちゃんのために、お願い!」



ウトちゃんが両手を合わせてお願いしてくる。その潤んだ瞳は、反則だ。



「……わかったよ。一曲だけだぞ」



観念した俺は、大きくため息をついた。



(さて、何を踊るか……)



俺のカメラアイには、これまでユリと見た数多の映画のダンスシーンが記憶されている。


その中から、この島の原始的な太鼓のリズムにも合いそうな、それでいてインパクトのあるもの……。



記憶の中から、『パルプ・フィクション』の名シーンを呼び起こす。


ヴィンセント・ヴェガとミア・ウォレスの、あの奇妙でクールなツイスト。



「じゃあ、ちょっと変わった踊りをやってみる」



俺はゆっくりと靴を脱ぎ、裸足で土の感触を確かめながら広場の中央へと進み出た。



まず、無造作に肩を揺らし始める。気怠そうに、だがリズムは外さない。


島の打楽器が刻む力強いビートを、頭の中でチャック・ベリーの『You Never Can Tell』に変換する。



腰を落とし、ゆっくりとツイストを刻む。


その独特な動きに、村人たちから「おお……」と感嘆の声が漏れた。



(よし、次は決め技だ)



俺は左手で逆ピースを作り、顔の前に掲げた。


そのピースを顔の前で、右から左へとスライドさせる。


そして、右手で同じく逆ピースを作り、顔の左側から右へとスライドさせる。



左右交互に逆ピースを顔の前でスライドさせると、ウトちゃんが「わあ!すごい!」と飛び跳ねた。



「キリート、かっこいい!」



調子に乗った俺は、ヴィンセント特有の、どこか力の抜けた、それでいて妙にクールなステップを続ける。


島の原始的なリズムが、不思議とこの奇妙なダンスにシンクロしていく。



最後は両手を広げて、ゆっくりと一回転。


決めポーズで静止すると、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手と歓声が広場を包んだ。



「すげえだ!」


「あんな踊り初めて見ただ!」



驚いたことに、若い男たちが次々と俺の真似をし始める。


「これか?」


「いや、もっと力を抜け」などと言いながら、顔の前で手をひらひらさせる姿は、正直かなりシュールだ。



「キリート!ウトちゃんもやる!」



ウトちゃんも覚えたてのピースに苦戦しながら真似をしようとする。


その姿は、可愛らしくて思わず笑みがこぼれた。



「桐人、すごいじゃないですか。みんな楽しそうです」



さくらが心から感心したように言う。



「でも、映画では女性も一緒に踊るんでしょう?」



(鋭いな、さくら)



「ああ。ミア・ウォレスのパートは、もっとしなやかなんだ」



俺はさくらとウトちゃんに向き直り、今度はユマ・サーマンが演じたミアの動きを再現してみせる。



手首をくるくると回し、指先で風を掴むような、流れるような仕草。


武道で鍛えられたさくらは、その動きを驚くほど優雅に再現してみせた。



やがて、広場全体がヴィンセントとミアで溢れかえった。


老若男女問わず、みんなが笑顔で踊っている。


こんな平和な時間が、ずっと続けばいい。



ふと空を見上げた。さっきまで小さかった雲が、少しずつその面積を広げ、水平線の彼方に灰色の塊となってゆっくりと迫ってきていた。



(あれは……まさか)



一瞬、胸をよぎった嫌な予感を、俺は首を振って追い払った。


今は、この瞬間を楽しむんだ。



「キリート!もっと踊ろう!」



ウトちゃんの弾けるような笑顔に引き戻され、俺は再び顔の前で手のひらを滑らせた。



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