第5話「ナースの謎めいた警告と不思議な夢」

【前回までのあらすじ】

血盟院内部での不穏な動きと「片鱗持ち」について九条から警告を受けた桐人。ユリからは「夜鳴き島」「血の契約」という不穏な言葉を聞き、さすがの桐人も不安を覚えていた。

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沖縄出発の前日。


俺は自室で荷物の準備をしていた。



「着替えはこれくらいでいいか……」



夏の沖縄は暑いだろうから、Tシャツを多めに入れる。


それから吉井さんから貰った黒い棒も忘れずに。


鏡に映る自分を見て、ふと手を止める。



(なんか、変わったな)



マヤとの戦いから一ヶ月。明らかに体つきが変わっている。


筋肉がついたというより、全体的に引き締まった感じだ。


以前の虚弱体質の面影はもうない。



荷造りを再開しようとした時、枕元の白い面が目に入った。


小学五年生の時から七年間、ただの飾りとして置いていた面。



(これ、持っていくべきか?)



手に取ってみる。相変わらず不思議な質感だ。


陶器のようで陶器じゃない。木のようで木じゃない。



ふと、面の表面をよく見ると――



(ん?)



薄っすらと、何かが浮かんでいるように見えた。


顔……いや、違う。もっと抽象的な模様のような……



目を凝らしてよく見ようとすると、それは消えてしまう。


視線を逸らすと、また周辺視野でぼんやりと何かが見える。



(気のせいか?いや……)



試しに電気を消して、月明かりだけにしてみた。



今度ははっきりと見えた。


面の表面に、薄く光る紋様のようなものが浮かんでいる。


まるで、水面に映る月のように儚く、揺らめいている。



直感的に、古い、とても古い印のような気がした。



電気をつけると、また消えてしまった。



なぜか、この面を持っていくべきだという確信があった。


理屈じゃない。本能的な何かが、そう告げている。



「素顔を映し出す」



あの時、面売りが言った言葉を思い出す。


もしかしたら、これから会う誰かの「素顔」を、この面は映し出すのかもしれない。



俺は面を布で包んで、荷物の一番下に入れた。


後から思えば、これが重要な選択だったんだが、この時の俺はまだ知らなかった。



*   *   *



夜中になっても寝付けない。



不安で窓の外を眺めていると———


「眠れない子はいるかな~♪」



「うわっ!」



窓の外に、ナースのコスプレをした女が浮かんでいた。


赤いコウモリのマークのついた白衣、ナースキャップ、片目は眼帯。


満面の笑みを浮かべている。



「な、なんだよお前!誰だ!」



「えー、ひどーい!忘れちゃったの?」



女が頬を膨らませ、窓に近づいてきたかと思うと、俺の隣に立っていた。


どうやって入ったのか、窓は閉まったままなのに。



そして俺の頬に、軽くキスをした。



「!?」



瞬間、記憶が蘇る。あの時の感触、吸血鬼特有の甘い香り。



「桜夜さん!?」


「やっと思い出してくれたのね」



桜夜がクスクス笑う。



「でもコスプレしただけで分からないなんて、ちょっとショックだなぁ」



「いや、その格好じゃ分かるわけないだろ!」



「えへへ、ハロウィンの準備〜♪……って、まだ夏だけどね」



そういいながら、眼帯を取る。



「一体何しに来たんだ?どうして俺のところに?」



俺は警戒心を強める。



「ま、まさか俺の血が目的か?」



「違うわよ〜」



桜夜が首を振る。



「ただ桐人くんの事が好きなだけ。それに……」



彼女の表情が一瞬、真剣になる。



「力を手に入れすぎると、渇望が強くなるのは私たち吸血鬼も同じなの」



「渇望?」



「そう。強くなればなるほど、もっと欲しくなる。血も、力も、全部」



桜夜が窓の外を見つめる。



「あなたも感じてるでしょ?体の中で何かが変わっていくのを」



確かに、俺の体は日に日に変化している。



「九条さんたちが見てる景色とは、ちょっと違う景色が見えてるのよね、私」



「どういう意味だ?」



「古いものが目を覚まし始めてるの。共鳴するものを呼んでいる」



桜夜が窓の外を指差す。



「ほら、月も赤いでしょ?血の色みたい」



確かに、今夜の月は不気味なほど赤い。



「夜鳴きの島には虎がいるの」



「え?」



「虎の魚って知ってる?」



「なんだそれ?」



「ふふふ、桐人くんは今までの血脈の継承者とは何かが違う」



桜夜が俺の周りをゆっくりと歩きながら、続ける。



「だって、いま私は最大限に魅了の異能を使っているのに、普通に話せているじゃない?」



「魅了の異能って、この甘い匂いの事か?」



ふいに、俺の唇を桜夜の人差し指が塞いだ。



(また、避けられねえ)



「私もまだよくわかってないから、これ以上はひみつよ。この事はまだあのテンも気づいてないみたいね」



桜夜が再び俺の周りを歩きながら話す。



「はっきりわかるまでは無暗に吸血鬼を殺してはだめよ」



「なんで俺に警告しに来たんだ?」



「だから、桐人くんが好きなの」



桜夜が俺に近づく。



「それに、あなたが渇望に飲み込まれたら、悲しいじゃない」



そう言うと、桜夜の姿が窓の外にいた。



「私以外にも、人で非ざる者が桐人くんの近くにはいるわ。早く寝るのよ。お休み」



「そんな事言われたら、余計眠れねえじゃねえか」



俺は周りを見回した。人で非ざる者ってなんだ?



無理矢理寝ようと、ベッドに横になった————



ようやく眠りについた俺は、不思議な夢を見た。



断崖絶壁に囲まれた小さな島。切り立った崖が、まるで外界を拒むように島を取り囲んでいる。


空は血のような赤い夕焼けに染まっていた。



「来たのね」



振り返ると、そこに少女が立っていた。



長い黒髪は少しウエーブがかかっていて、褐色の肌。


目鼻立ちがはっきりした顔をしていて、素朴な着物を着ている。


年齢不詳で、俺と同年齢でもあり、同時に何百年も生きているような深みを感じさせる。



(桜夜が言ってた、人で非ざる者って……)



「あなたとはもうすぐ会えるわ」



少女の声は、幼いようでいて、どこか遠い昔から響いてくるような不思議な音色だった。



「お前は誰だ?」



「この島を守る者」



少女が手を差し出す。小さな手のひらに、三つの貝殻が乗っていた。



「これを」



「これは?」



「約束の証。いつか、この貝殻があなたを助ける」



俺は受け取ろうと手を伸ばす。


貝殻が手に触れた瞬間、ひんやりとした感触と共に、強い悲しみが胸を突いた。



「なぜ、悲しいんだ?」



「それは、あなたが優しいから。守りたいと思う心があるから」



少女が自分の胸元をふと見下ろした————



(まさか、夢の中でも呪いが……)



案の定、俺は周辺視野で少女の胸元を眺めていたようだ。



「ふふっ」



少女が小さく笑う。



「その煩悩の強さは頼もしいわ。人間らしさこそが、最強の武器なんだもの」



「いや、これは呪いで……」



「でも、全ては守れない」



少女の表情が悲しげに歪む。



「島で会いましょう。その時まで、人間らしさを失わないで」



少女の体が透けていく。



「待て!もっと色々教えてくれよ!」



「呪いは……あなたを守っている……」



最後に聞こえた言葉と共に、少女は消えた。


手の中には、三つの貝殻の感触だけが残されていた。


———————————————


ここまでお読みいただいた方々に引き続き最大限の感謝を



第二部始まりました。桜夜ちゃんにも少し登場してもらいました。



第二部は作者としてはすごく気に入っている話なんです。



読者の皆様にも気に入っていただけるといいんですが……



感想、星、お待ちしています。



https://kakuyomu.jp/works/16818792437807521095



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