第4話「父の技、母の想い」

【前回までのあらすじ】

絢音に誘導されたさくらが男性吸血鬼に襲われる。吸血鬼の「女性の力を奪う」能力により窮地に陥るが、桐人の援護と両親の仇討ちという言葉で、さくらの中で何かが覚醒する。

————————————————


「うああああああ!」



今まで聞いたことのない、魂の底から絞り出すような叫びが、さくらの口から迸った。



木刀を構えた彼女の全身から、凄まじい闘気が立ち上る。



「お父さん……お母さん……!」



さくらの瞳から涙が溢れ出す。


怒り、憎しみ、そして長い間押し殺してきた感情が、堰を切ったように噴出していた。



「私から……私から大切な人を奪った吸血鬼ども!」



吸血鬼が唸り声を上げながら、さくらに向かって突進してきた。


牙をむき出しにした獣のような動き。



「はっ!」



さくらは鋭い踏み込みで突きを繰り出す。


しかし吸血鬼は半身になり、木刀を手刀で弾いた。



「さくら、この前の俺との立ち合いを思い出せ!」



だが、さくらはもう聞いていなかった。



     *  *  *



「はあああっ!」



木刀を振り回しながら、まるで暴風のように吸血鬼に襲いかかる。



めちゃくちゃな攻撃だが、その一撃一撃に込められた想いの重さが、吸血鬼を後退させた。



「死ね! 死ね! 死ねええええ!」



感情が爆発したさくらの攻撃は、もはや剣道ではなかった。


ただ、相手を倒したいという純粋な殺意だけがそこにあった。



木刀が空を切る音が、夕闇に響き渡る。


吸血鬼が一瞬の隙を見せた。



攻撃を避けることに集中しすぎて、体勢が崩れたのだ。



「今だ、さくら!」



さくらは一旦大きく後退すると、上段に構えた。


いや、違う。これは————



(この前、爺さんがさくらに伝授した……)



     *  *  *



「これが……これが私の想いだあああ!」



さくらが軽く踏み込み、左袈裟斬りに木刀を振り下ろす。



木刀は吸血鬼の鼻先を掠めて、切っ先が地面に近づく。



吸血鬼の男は、これを好機と見てさくらの右肩を掴もうと左腕を伸ばした。



「お父さんの技を……!」


さくらはその手を掻い潜るように体勢を低くしながら、右側に踏み込んだ。



水前寺館に伝わる古流の技。『誘影一閃(ゆうえいいっせん)』



さくらの父:大宮秀明(しゅうめい)が得意としていた、相手の攻撃を誘い込む剣術。



「見ていて……お母さん、『誘影一閃』」



切っ先を素早く切り返し、右膝を横薙ぎにした。



木刀と膝の骨が激突する鈍い音が響いた。



「ぐあっ!」



吸血鬼の膝が不自然な方向に曲がり、体勢が大きく崩れた。



完全に無防備になった瞬間。



     *  *  *



さくらは間髪入れず、踏み込んだ右足を踏ん張って軸にした。



「これで……終わりだああああ!」



左足を踏み込む。



全身全霊をぶつけるような前進だった。



地面を蹴る音が、空気を震わせる。



絶叫と共に、さくらは吸血鬼の胸の真ん中に突きを放った。



体当たりに近い、荒々しい一撃。



美しくはない。



泥臭い。



だが、その分、想いの重さが乗っていた。



木刀の先端が、黒ずくめの男の胸部に深々と突き刺さった瞬間、炎が噴き出した。



「ぎゃああああああ!」



吸血鬼の断末魔が夕暮れに響く。



炎は瞬く間に全身を包み込み、吸血鬼は灰となって崩れ落ちていった。



     *  *  *



辺りは静寂に包まれる。



さくらは突きの姿勢のまま、動かなかった。



全身が小刻みに震えている。



「あ……ああ……」



さくらは膝から崩れ落ちた。



木刀が手から滑り落ち、カランと音を立てた。



「うわあああああん!」



さくらは子供のように泣き崩れた。



「お父さん……お母さん……私、やったよ……」



両手で地面を叩きながら、声を震わせる。



「でも……でも……!」



俺は、さくらに駆け寄った。



「なんで……なんで死んじゃったの! 私を残して!」



さくらは地面を叩きながら、感情をぶちまけた。



「ずるいよ……ずるいよ。お父さん、お母さん……」



俺は何も言えなかった。



ただ、さくらの震える背中を見守ることしかできなかった。



     *  *  *



しばらくして、さくらの嗚咽が収まってきた。



「でも……私は……」



さくらが顔を上げた。



涙でぐしゃぐしゃになった顔だったが、その瞳には新たな決意が宿っていた。



「私は、もう誰も失わない」



ゆっくりと立ち上がる。



「桐人も、ユリも、みんなも……絶対に守る」



さくらが深呼吸をした。



「桐人」



「ん?」



「ありがとう。あなたがいてくれたから、私は前に進めた」



そう言って、さくらは両手を広げて俺に向かって踏み込んできた。



(うおっ!?)



俺は素早くバックステップで躱した。



「なぜ逃げるんです?」



さくらが不満そうに頬を膨らませる。



「いや、流石にさくらと抱き合うのは気まずいわ」



一瞬の沈黙の後、さくらは吹き出した。



「ふふっ、でも正直に言うと、私は桐人の成長に焦っていたんです」



「何言ってんだよ。さくらはすげえよ。よくやった」



俺が右手を挙げると、さくらはパンと右手をぶつけてきた。



ハイタッチの音が、静寂の空に響いた。



「はい……やりました」



     *  *  *



吸血鬼が灰になった直後の静寂の中、ふと我に返った。



「そういえば絢音は?」



先ほど絢音を寝かせた場所を見ると————



「あれ?」



姿が消えていた。



草が押しつぶされた跡だけが残っている。



(いつの間に……)



「吸血鬼を倒したから、絢音も正気に戻ったはずですよね?」



さくらが首を傾げた。



「ああ、そのはずだ。でも……」



(正気に戻ったなら、普通はお礼を言うなり、状況を確認するなりするよな)



「なんで黙って消えたんだ?」



俺は辺りを見回した。


人の気配は全くない。



「絢音、最近変なんです」



さくらが不安そうに言った。



「誰かを探しているような素振りも見せていたし……」



さくらの言葉に、俺は嫌な予感がした。



(まさか、絢音は別の何かに巻き込まれているのか?)



     *  *  *



黄昏時の薄暮の中、俺とさくらは顔を見合わせた。



一つの戦いは、終わった。



さくらは両親の仇の一つを討った。



しかし、絢音の不可解な失踪が新たな不安を生んでいる。



「とりあえず、スニク様に報告しよう」



「そうですね」



月明かりの下、絢音が消えた理由も、この戦いの本当の意味も、まだ俺たちには分からない。



ただ一つ確かなのは、これが始まりに過ぎないということだけだった。



新月まで、あと十一日。



真の恐怖は、まだこれからやってくる———



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ここまでお読みいただいた方には引き続き、最大級の感謝を!


おっぱいを見てしまう変な男の子の物語から、気が付けばヒロインさくらの成長物語へとシフトチェンジしてしまいました。



https://kakuyomu.jp/works/16818792437807521095


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これは今一と思ったら星1でも、酷評でもコメントいただけたら、今後の糧にします。



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この後、3話の幕間で第一部は終了です。幕間も重要な情報の開示がありますので、お見逃しなく。


そして、作者としては第二部は劇場版にしたい、感動巨編です。そちらもお楽しみに。

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