第8章「恐怖と共に進む者」

第1話「不吉な朝」

【前回までのあらすじ】

学校周辺に現れた吸血鬼により、生徒たちが次々と襲われる事態が発生。精神操作を受けた絢音の不審な行動、さくらの両親の死の真相、そしてスニク様から桐人への「吸血鬼を倒すな」という厳命。恐怖が日常を侵食し始めた中、新たな章が幕を開ける。

—————————————


翌朝、いつものようにユリと一緒に学校に向かっていた。



「ねえ、期末テストの勉強進んでる?」



「まあ、ぼちぼちかな」



(実際はカメラアイ頼みほとんど勉強してないんだけどな)



歩いていると、前方に見慣れた姿が小走りで近づいてくる。



黒髪を揺らしながら走る姿は、朝の光を受けて一層美しく見えた。



「おはようございます、桐人、ユリ」



さくらが合流し、三人で並んで歩き始める。



期末テストの範囲や、最近の部活動のことなど、他愛もない話をしながら歩いていた。



しかし、どこか違和感があった。


一人で歩いている生徒がいない。


みんな小さな集団を作って歩いている。



「最近、みんな固まって登校してるな」



「みんなは怖いんじゃない。一人で歩くのは」



     *  *  *



学校の手前で、大きな人だかりができているのが見えた。



(なんだ? 朝からトラブルか)



俺がそのまま通り過ぎようとすると、さくらが立ち止まった。



「……気になりますね。確認していきましょう」



「え? でも————」



「最近の状況を考えると、見過ごせません」



確かに、吸血鬼が出没している今、何か異常があれば確認すべきだ。


俺は仕方なく人垣を分けて前に進んだ。



「すみません、通してくださ————」



俺が声をかけた瞬間、集まっているのがほとんど女子生徒だと気づいた。


そして、まるでモーゼの十戒のように、俺の前で人垣がさっと左右に割れていく。



女子たちは慌てて胸元を隠すようにして、俺から距離を取った。



(相変わらずだな……)



だが、いつもと違う何かを感じた。



恐怖に怯えた目。


不安そうにお互いの腕を掴み合う手。



ひそひそと交わされる会話————



「————昨日も帰り道で変な人を見たって————」



「————友達の妹も最近は一人で外出させないって————」



「————うちのお母さんも心配して————」



その時、人垣の端で妙な動きをする人影に気づいた。



絢音だ。



彼女はきょろきょろと誰かを探すような素振りを見せていた。


まるで特定の誰かを確認しているような————



俺と目が合うと、一瞬びくっとして、すぐに視線を逸らした。


それから素早く振り返って、人混みの中の誰かをじっと見つめた。



(あいつ、誰を見てたんだ?)



絢音は何かを確認するように小さく頷くと、そそくさと人混みの奥へと消えていった。



     *  *  *



人垣が割れた先には、見覚えのある奴が立っていた。



「お、山本じゃん。何の騒ぎだ?」



「桐人! ちょうどよかった。ちょっとこれを見てくれ」



山本が横によけて、足元を指さした。


そこには小さな猫の死体が横たわっていた。



「うわ……猫か。車にでも轢かれたのか?」



「いや、よく見てくれ」



山本の言葉に従って、俺は猫の死体を観察した。


確かに妙だった。



「外傷がほとんどないな。それに……」



俺は息を呑んだ。


猫の毛並みは綺麗なままで、交通事故特有の血痕もない。



「そうなんだよ。普通、交通事故ならもっと酷い状態になるはずだろ?」



山本が顔を青くしながら続けた。



「それに、なんか……干からびてるっていうか」



周りの女子たちがざわつき始めた。



「これって……まさか」



「猟奇殺人犯って、最初は動物から始めるって聞いたことがある」


誰かが震え声で言った。



「それがエスカレートして、最終的には……」



その言葉に、女子たちの悲鳴が上がった。



「きゃー!」



「もう学校行きたくない……」



     *  *  *



人混みを掻き分けてさくらとユリが近づいてきた。


さくらと目が合うと、お互い小さく頷いた。



「山本、お前はみんなを連れて先に学校へ行ってくれ。俺がここは片付けておく」



「でも————」



「大丈夫だ。すぐ追いつく」



女子たちは不安そうな表情を浮かべながら、山本と一緒に去っていった。



その中で、また絢音の姿を見つけた。



彼女は列の最後尾で、何度も振り返りながら歩いていた。



そして、人混みの中の特定の女子生徒をじっと見つめていた。



(やっぱり誰かを監視してる)



残ったのは俺とさくら、それにユリだけだった。



「私も手伝います」


さくらが言った。



「あたし……ごめん、動物の死体とか無理」



(ユリってそんなキャラだったか?)



「ユリは先に行ってていいよ」



「うん、そうさせてもらうわ。さくら、桐人の事よろしくね」



ユリはそそくさと学校へ向かった。



(今のユリの態度、なんか違和感あるけどな)



     *  *  *



俺は近くのゴミ捨て場から段ボール箱を拾ってきた。



「桐人、この死に方……普通じゃありませんね」



俺たちは顔を見合わせた。



「詳しくはスニク様に見てもらいましょう」



慎重に猫の死体を段ボール箱に入れる。


死体は妙に軽かった。



まるで中身が抜き取られたような————



学校のチャイムが遠くから聞こえてきた。



「急ぎましょう」



「水前寺館に行くんだよな?」



「はい。スニク様ならわかるはずです」



俺たちは段ボール箱を抱えて、水前寺館へと向かった。


背後から聞こえてくる生徒たちの不安な話し声が、朝の空気を重く染めていった。



「うちの犬も最近怯えてて」



「夜中に変な音がするの」



(まさか、吸血鬼が動物の血を? でも、なんで今更)



不吉な予感を振り払うように、俺は歩く速度を上げた。



しかし、心の奥では分かっていた。


これは始まりに過ぎないと。


真の恐怖は、これから訪れるのだと。



そして、絢音の視線の先にいた女子生徒が誰なのか、この時の俺はまだ知る由もなかった————



【次回予告】 猫の死体をみたスニク様は吸血鬼の仕業と断定する。スニク様はさくらに吸血鬼と対峙する覚悟を決めさせるために桐人との本気の仕合を命じる。

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