第5章 「隣り合わせの闇」

第1話「藍誠館での予期せぬ遭遇」

【前回までのあらすじ】

修学旅行で東京を訪れた桐人は、吸血鬼マヤとの死闘の末、青い光の剣を発現させた。謎の男・吉井の助けを借りて初めて吸血鬼を倒した桐人の身体には、異常な変化が起き始めていた。

————————————————


修学旅行三日目の朝、ホテルのベッドで目を覚ました。



(まだ6時か……いつもより早いな)



昨夜の出来事は夢だったのかと思うが、枕元に置いた吉井からもらった黒い棒がそれを否定する。



(吸血鬼と戦ったなんて、今でも信じられねえ)



あんなことがあったのに、ぐっすり眠れたらしい。体は異常にすっきりしていて、痛めたはずの右肩も全く痛みはなかった。



(これも光の剣の影響か?)



夜更かしをして眠そうにしている山本と木下と一緒に朝食会場に向かった。



     *  *  *



「山本、今日の自由行動の予定はどうなってるんだっけ?」


「昨日、東京の主だった観光地は回ったから、今日は横浜に足を延ばす予定だ」



山本が答えた途端、向こうからユリがやってきた。



「おお、おはよう、ユリ」


ユリがトレイをテーブルに置いて山本の隣に座った。



「ちょっとあんたたち」


ユリが恨めしそうに俺を睨む。



「昨日、あたしとさくらが渋谷でナンパされて困ってたのに、見捨てたでしょ」



「ごめん、俺は助けようって言ったんだけど」


山本が慌てて言い訳する。



「桐人が『変に男が出ていくと逆にイキるからやめておけ』って」



「桐人、あんた!」


ユリが俺を睨みつける。



「散々あたしやさくらの胸を見てる癖に、そんな風に逃げるなんて最低よ」



(いや、見てるんじゃなくて見ちゃうんだよ)



「見た感じさくらの方が遥かに強そうだったからな」


俺は肩をすくめた。


「変に声かけて揉めたら面倒だと思ったんだよ。ほんとにやばそうなら助けたさ」



「どうだか。だいたいすぐに姿が見えなくなったんですけど……近くにいないのにどうやって助けるつもりだったのよ」



(確かにそれは言い返せねえな)



俺は何とかごまかそうと頭を回転させた。



その時、さくらが俺の隣の席にトレイを置いて座った。



「確かに、私が本気を出せばあのような輩など物の数ではありませんが」



さくらが微笑みながら言う。



「でもあのような時は女子は心細いものですよ。怖かったよね、ユリ」



(なんで急に口調が崩れてるんだ? わざとか?)



「まあ、そんなものか。それで助けたら、ハイブランドのティーカップでも贈ってくれたのか?」



「桐人、また訳のわからないことを」


さくらが呆れたように言う。



「桐人、あんた少しも悪いと思ってないでしょ」


「思ってるよ」



「なら、今日の自由行動は私たちのボディガード兼荷物持ちとして一緒に来なさい」



(げっ、そうきたか)



「うん、桐人はそうした方がいいな」


木下があっさり同意する。


「おい木下、裏切るなよ」



「うん、桐人にはそうしてもらおう」


山本まで頷いた。


「山本まで裏切るな!」



     *  *  *



電車を乗り継いで辿り着いたのは、都心とは思えないほど静かな高級住宅街だった。


「それで、これはどこに向かってるんだ?」



(さっきから大豪邸ばっかりだな)



「お爺様に頼まれたお使いです」


さくらが説明する。



「九条の叔父様のお宅に伺うのです。この延々と続く塀が九条の叔父様のお宅ですね」



ユリが感心したように言う。


「すごい広さね……水前寺館並みじゃない?」



「そうですね。ほら、門が見えました」



水前寺館に勝るとも劣らない立派な門があり、『藍誠館』という看板がかかっていた。



門をくぐると、右手には大きな道場、左手には洋館というミスマッチな組み合わせの建物が見えた。



「先々代が空襲で焼けた屋敷を建て直す時に」


さくらが説明を始めた。



「道場は昔ながらのものにしましたが、母屋は洋風にしたと聞いております」


さくらは何度か来たことがあるのだろう。



母屋の方へするすると歩いて行き、ドアノッカーを叩いた。



     *  *  *



扉が開くと、メイド服を着た女性が出てきた。


「大宮様、お待ちしておりました」



洋館の玄関ホールは吹き抜けになっており、両側に階段があり、天井からは豪華なシャンデリアが下がっている。



右側の壁には日本刀や槍、戦国時代の甲冑が飾られており、左側の壁には西洋の剣やレイピア、ハルバード、全身鎧などが飾られていた。



(すげえ武器コレクションだな。博物館みてえだ)



いや、よく見ると妙に生々しい。


まるで昨日まで使われていたかのような————



「今朝、電話したのですが、急に一人増えてしまって」


さくらが申し訳なさそうに言う。



「とんでもございません。九条様もお二人招いておられます」



(お二人? 誰だろう)



俺たちはメイドさんについて、主人がいるであろう部屋へと向かった。



通された部屋は、20人くらい座れそうな長テーブルがあり、一番奥の席に中年の男性が座っていた。


その後ろにサングラスをかけた若い男性と女性が立っている。



部屋に入った瞬間、違和感を覚えた。



(この部屋、窓がねえな)



扉も俺たちが入ってきた一つしかない。


まるで外界から完全に遮断された密室のようだ。



壁には無数の古い肖像画が飾られていたが、どの人物も異様に青白い顔をしていた。



「九条の叔父様、お久しぶりです」


さくらが声をかけると、中年の男性はにこやかに笑って席を立ち、こちらに近づいてきた。



「さくらちゃん、大きくなったなあ。そして美人になった」


九条と呼ばれた男性が優しく微笑む。



「お父さんの面影があるね。今日はお友達も一緒に来てくれたんだね」



「はい、こちらがユリで、こちらが桐人です」


さくらが俺たちを紹介する。



「桐人はお爺様と一緒に稽古をしております」



「ユリさん、桐人君、初めまして。九条です」


九条が丁寧に挨拶した。



「さくらさんのお爺様とは古い仲でね。今日は僕も若者を二人、さくらさんに紹介しようと思っていたんだ」



九条はサングラスをかけた男性の方を振り返った。



「桐人君、思いの外早く再会できたね」


サングラスの男性が口を開いた。



その瞬間、俺の全身に鳥肌が立った。



(え? この声は……)



「もしかして吉井さん?」



男性がゆっくりとサングラスを外した。



昨夜、俺を吸血鬼から救ってくれた男がそこにいた。



「ってことは、そちらの女性は」



「桜夜だよ。昨晩ぶりね」



サングラスの女性が長い金髪を両手でサイドに掴んで、昨日と同じツインテールの形にして見せた。



俺の頬にキスをした、あの妖艶な女性————



(マジかよ、こんなところで再会するとは)



だが、何かがおかしい。



なぜ、こんな密室で————


窓のない部屋、異様に青白い肖像画、そして九条の穏やかすぎる笑顔。



まるで全てが仕組まれていたかのような、不自然な偶然の一致に背筋が寒くなった。



【次回予告】

九条邸で予期せぬ再会を果たした桐人。九条の口から吸血鬼の真実が明かされる。そして東京で起きている新たな事件とは————

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