第6話「青い光の剣」
【前回までのあらすじ】
マヤの呪文で身動きが取れなくなった桐人。吸血鬼に血を吸われる寸前、タキシード姿の吉井が現れて危機を救う。
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「あの赤い悪魔コスプレのお姉さん、知り合いですか?」
俺は立ち上がりながら吉井に聞いた。
「牙とか純潔の血とか言ってましたけど、まさか吸血鬼じゃあるまいし……」
「ご明察。あの女は正真正銘の吸血鬼だよ」
吉井があっさりと肯定した。
(マジかよ)
心のどこかで認めたくなかったが、現実を突きつけられた。
吉井は下の道路まで吹っ飛ばされたマヤを顎で示した。
マヤはゆらりと立ち上がり、憎々しげにこちらを睨んでいる。
「私の蹴りをくらって、もう立ち上がるか。まだ幼い個体のはずだが強いな」
吉井が感心したように呟く。
「いいかい、桐人君。さっき渡した棒を使うんだ」
吉井が俺の胸の真ん中に拳を当てて、とんとんと二回叩いた。
「吸血鬼の弱点はここ、心臓だ。光の剣で貫けば灰になる」
「光の剣?」
俺が首を傾げると、吉井は促した。
「その棒を握って、強く念じてごらん」
半信半疑で黒い棒を右手に握ると————
(なんだこれ!?)
棒の先端から青い光が噴き出した。
その瞬間、どこからともなく風が吹き上がった。
俺の髪がぶわっと舞い上がり、シャツの裾がはためく。
まるで光の剣そのものが風を生み出しているかのような、不思議な感覚だった。
20センチほどの光の刃が、炎のようにゆらめいている。
「青い光の剣とは……しかも初めてでそれだけの輝きを出せるとは」
吉井が驚嘆の声を上げる。
光の剣が消え、風が収まると同時に、髪が額に張り付いた。
「さすが桜夜が見込んだだけのことはある」
「これで戦えってことですか?」
「そうだ。ただし、剣を見せては駄目だ。隠して接近し、心臓を一突きで貫け」
吉井は自分の胸を拳で叩きながら説明した。
その時————
マヤが地面を蹴った。
(は?)
たった二歩で、3階相当の高さまで跳び上がってきた。
(身体能力おかしいだろ!)
「何者だ、貴様」
マヤが怒りに満ちた声で吉井を睨む。
顔は美しいままだが、瞳は完全に人外の輝きを放っていた。
「公衆の面前でラブシーンを見せつけられたから、つい嫉妬してしまってね」
吉井が軽い調子で肩をすくめる。
「それに、なんか生臭い匂いがしたもので」
「ふざけるな! 何者だ!」
「麻布十番の隣の六本木で、タキシードにこんなマスクをつけているのは一人しかいないと思うけどね」
吉井は余裕の笑みを浮かべた。
「でも、人の恋路を邪魔して馬に蹴られたくないから、僕はもう行くよ」
吉井が俺の肩を軽く叩く。
「桐人君、君とは遠からずまた会いそうだ。頑張りたまえ」
そう言うと、吉井は公園から道路へ一回のジャンプで飛び降り、夜の闇に消えていった。
* * *
「チッ」
マヤは舌打ちすると、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
赤い瞳が月光に不気味に光っている。
俺はさりげなく左半身になって、黒い棒を持った右手を隠した。
「ねえねえ、お姉さん。もしかして渋谷からずっと俺のこと見てました?」
時間稼ぎのつもりで話しかける。
「あら、気づいてたの? 勘がいいのね」
(やっぱりそうか)
「こんな美人に見つめられてたなんて、光栄だな」
「おや、ようやくその気になったのかい?」
マヤが猫撫で声を出しながら、じりじりと距離を詰めてくる。
「最初から素直になれば、痛い思いをせずに済んだのよ」
「ほんとに痛くしない?」
俺は怯えたふりをしながら、攻撃のタイミングを計る。
「痛いのは最初だけ。そのあとはとぉーっても気持ちよくなるから♪」
「そのグランドキャニオンのような谷間、もっと見てもいい?」
「ふふふ、好きなだけ見なさい。触ってもいいわよ」
「え、触ってもいいの? マジで?」
マヤは挑発的に胸を寄せて突き出してきた。
(今だ!)
俺は水前寺館で見せてもらった沖田総司の三段突きを繰り出した。
一突き目————
マヤは予想通り、上体を反らして躱した。
「あら、騙し討ち? 思ったより素直じゃないのね」
「お姉さん、さすが。この突きを躱しますか」
(想定内だ)
人外の身体能力なら、一段目は確実に躱される。
俺は流れるように二段目を繰り出した。
マヤは余裕の笑みを浮かべたまま、さらに大きくスウェイして躱した。
まるでダンスを踊るような優雅な動きだ。
「俺の必殺技も通じねえか!」
「ほんと素直じゃない子ね。どんな育ちをしてるのかしら」
マヤが挑発的に言う。
「親の顔を見てみたいわ」
「俺の親は————」
かっとなった。
「小学生の時に交通事故で死んだんだよ!」
言った瞬間、胸の奥に違和感が走った。
(交通事故で死んだ……本当にそうだったか?)
記憶の中で何かがズレている感覚。
でも今は考えている場合じゃない。
* * *
三段突きの最後。
爺さん相手には筋力不足で出せなかった幻の三段目。
突きを繰り出そうとすると、右肩が痛みで悲鳴を上げる。
(やっぱり無理か……)
その時だった。
胸の真ん中が急に熱くなった。
まるで心臓が燃えているような、激しい熱。
その熱い塊が血管を通って右肩へ流れ込む。
痛みが嘘のように消えた。
そして熱は右手へ、黒い棒から青い光の剣が現れた。
青い光がさらに強く輝く。
(行ける!)
俺は確信と共に、三段目の突きを繰り出した。
今度こそ、完璧な三段突き。
青い光の刃がマヤの胸の真ん中に深々と突き刺さった。
「がはっ……!」
マヤは驚愕に目を見開いた。
美しい顔が恐怖に歪む。
「馬鹿な……その武器は、まさか……」
刃が刺さった部分から青い炎が燃え広がる。
炎はマヤの全身を包み込み、内側から焼き尽くしていく。
「光の剣だと……!? なぜ貴様が……まさか、けつみ……」
恐怖と苦痛に満ちた声を最後に、マヤの身体は灰となって崩れ去った。
風が吹いて、灰が夜空に舞い上がる。
まるで最初から存在しなかったかのように。
光の剣も役目を終えたのか、光を失って元の黒い棒に戻った。
(なんだったんだ、今の胸から湧き出た熱い力は)
(それに……俺の親は本当に交通事故で死んだのか?)
違和感が頭から離れない。
でも、思い出そうとすると靄がかかったように記憶がぼやける。
俺はもう一度、沖田総司の墓がある方角に向かって手を合わせた。
(ありがとうございました)
* * *
タワーマンションへ向かって歩いていくと、ちょうど歩道橋の上で山本と木下が待っていた。
「おい桐人! 電話に出ろよ!」
木下が大声で文句を言う。
「探したぞ、まったく」
「まあまあ木下、そう言ってやるなって」
山本がニヤニヤしながら俺の肩を叩く。
「さっきの赤い髪のお姉さんと、いいことしてたんだろ?」
「おい山本、なんでそう思うんだよ」
俺は山本の両肩を掴んで、ぐらぐらと揺さぶった。
(あれ? さっきまで痛かった右肩が全然痛くねえ)
「やめろよ桐人! 目が回る!」
山本が慌てて俺の手を振り払う。
「だってさ、あのお姉さん、ホムパの会場で『一緒に来た"杉っちょ"君はどこ? あの子、私のすごくタイプなの。食べちゃいたいくらい』って言ってたんだぜ」
(食べちゃいたいじゃなくて、血を吸いたいだったんだけどな)
「で、どうなんだ桐人? 食べられちゃったのか?」
木下が興味津々で聞いてくる。
「まあ、危うく食われるところだったけど、何とか撃退したぜ」
「桐人、なんだよそれ! もったいねえ!」
木下が両手を頭に乗せて叫ぶ。
「あんなダイナマイトボディのお姉さんを振ったのかよ!」
「俺は女に興味ねえからな」
話題を変えるために、俺は切り出した。
「それより木下、最近東京で地味な男子高校生が行方不明になってる事件、知ってるか?」
「は? 知らねえけど」
木下が首を横に振る。
「なんだよ急に。怖い話か?」
山本も首を傾けている。
(そうか、陽キャは知らないのか)
「いや、なんでもない。ホテル戻ろうぜ」
俺たちは夜の六本木を後にした。
歩きながら、俺は黒い棒をポケットにしまった。
光の剣、吸血鬼、そして両親の死の真相————
今夜起きたことは、まるで悪い夢みたいだ。
でも、ポケットの中の棒の感触が、これが現実だと教えてくれる。
(俺の人生、これからどうなっちまうんだろうな)
東京の夜景を見上げながら、俺は小さくため息をついた。
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ここまでお読みいただいた方々に圧倒的感謝を
この師旅煩悩という物語は修学旅行編の15000文字くらいの短編がスタートでした。
ここからいよいよダークファンタジー色が強くなっていきます。お楽しみに。
視点を変えた幕間を2話挟んで、本編は続きます。
感想、星、お待ちしています。
https://kakuyomu.jp/works/16818792437807521095
こちらのページでレビューのタブを押していただくと、レビュー、星で評価できます。これは今一と思ったら星1でも、酷評でもコメントいただけたら、今後の糧にします。
読み専の時は気づきませんでしたが、♡、星、メッセージ、レビュー、めちゃめちゃ嬉しいです。
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