第4話「師範代クラスの実力」

【前回までのあらすじ】

さくらと爺さんの稽古を見学した桐人は、動きを完璧にコピーし、ついにさくらから一本を取ることに成功。しかし調子に乗った桐人は爺さんにボコボコにされてしまう。翌日、筋肉痛に苦しみながらも懲りずに再び道場を訪れることになった。

————————————————————


さくらの爺さんにボコボコにされた翌日。


いつものようにユリと一緒に学校へ向かっている。



ユリが家を出てから何度めかの大笑いを始めた。



(今日もユリはささやかな膨らみだな)



「桐人があんな一方的にやられるとは思わなかったわ」


ユリが笑いながら言う。



「ああ、可笑しい。愉快、愉快」


「孫弟子の仇を師匠の師匠がとってくれるなんて美しい師弟愛よね」


「昨日のあんたの無様な姿が目を閉じると浮かぶわ」



(うるせえな————)



それを適当に聞き流していると————


後ろからほとんど足音がしないのに声がかかった。



「桐人、ユリ。おはよう」


さくらだった。



さわやかな風に髪を揺らしながらユリの横に並んだ。


正面を見ていても俺の周辺視野は揺れる二つの山を捉えていた。



(もはや質量兵器だ)



俺は自分の身体も揺れているような錯覚に襲われた。


「じ、地震?」


俺は思わず呟いていた。



「おお、桐人は知っていましたか」


さくらが驚いたように言った。



「昨夜関東で小さな地震があったのですが」


「うちのお爺様がどうしても気になることがあるらしく」


「修学旅行前に桐人に一度道場に来てほしいそうなのです」



「あの剣豪爺、まだ俺を叩き足りねえのか。くそ」



(また痛い思いをするのか……)



「1試合3分に制限してくれるならまた立ち合ってもいいか」


「いや、鍔迫り合いになるとあのパワーで吹っ飛ばされるから時間が短くても厳しいか」



「でも息が切れるまではそれなりに渡り合っていたではありませんか」


さくらが微笑む。



「あの日の夕食の時はうちのお爺様はご機嫌でしたよ」


「桐人はわずか一日で師範代クラスだって」



「マジかよ」


(でも師範代クラスでもあの爺さんには勝てねえんだよな)


     *  *  *


今日も授業中につい、さくらのことを見てしまった。



俺は何となく後ろめたい気持ちになって————


最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った後、声をかけた。



「さくら、お前の家に行くの今日でも大丈夫か?」


「私は構いませんが、ユリはどうします?」



「あたしは今日はちょっと用事があるのよ」


ユリが答えた。



「しかし、桐人」


さくらが感心したように言う。


「昨日あれだけお爺様にぼこぼこにされてもめげないとは見直しました」



「さくらが朝言ってたように、ぼこぼこにされたのは息が上がった後だけだからな」


俺は胸を張った。


「俺の伸び代をあの爺さんに見せてやらねえとな」



     *  *  *


「相変わらず、お前の家の塀はすげえな」


歩きながら呟く。



「どんだけ広い家なんだよ」



(いかん、さくらの揺れを見ていると催眠術にかかりそうだ)



「東京ドーム1個分くらいです」


さくらが答えた。



「まじかよ」



と言ってみたものの————


(実は東京ドーム何個分って言われても実際の広さはよくわからんよな)



(さくらの胸はメロン1個分だな。いや、左右でメロン二個分か)



「ちなみに広さの件は冗談ですよ」


「わかりにくいわ」



俺がツッコむと————


遠くから掛け声が聞こえてきた。



「やあ!」「めん!」「どう!」


気合の入った声が響いてくる。



「今日は県警から道場に稽古に来る日ですから」


さくらが説明した。



「へえ、警察官も来るのか」


「はい、お爺様は県警の剣道指導もしていますから」


     *  *  *


道場に着くと、昨日とは違い、十人以上の人が稽古をしていた。


さくらの爺さんは道場内を回って、アドバイスを送っていた。



「おう、爺さん来たぜ」


「早速、今日来るとは殊勝な心がけじゃのう」



俺が気安く爺さんに声をかけると————


いま指導を受けていたおっさんが噛みついてきた。



「おい、館長に向かって、その失礼な言葉遣いはなんだ」



(こういうヤラレ役のテンプレセリフを吐く奴っているよな)



おじさんは、40歳くらいのいかつい顔をした人だ。


警察官よりやくざの方がしっくりくる強面だった。



身長も180センチ以上あり、筋肉質な体格。



「爺さん、このおじさんはさくらより強いのか?」


俺は無視して爺さんに聞いた。



「道場に入ってきた時にちらっと見た感じはさくらの方が強そうだけど」


「さくらの方が強いのう」


爺さんがあっさり答える。



「じゃあ、やっぱ雑魚だな」


「ざ、雑魚だと、貴様!」


おっさんの顔が真っ赤になる。



「俺を誰だと思っている!」


「県警剣道大会で三位の俺を!」



(怒髪冠を衝くってほんとなんだな、怒りで髪が逆立ってるわ)



「館長、この無礼な少年に指導してやっても構いませんか」



「坊主、あんまり挑発してくれるなよ」


爺さんが苦笑いを浮かべた。



「ほどほどにしてやってくれ」


「わかったよ、爺さん、多少の手心は加えてやるよ」



俺が答えると————


「おい、ガキ、さっきから生意気なことばかり言いやがって」



おじさんは竹刀を構える。


「いいから、かかってこい」



「あれ、おじさん、言葉遣いが乱れてますよ」


俺はニヤリと笑った。



「俺は弱い者いじめは嫌いなんだけど、相手してやるぜ」



「舐めるなよ、小僧!」


おじさんが踏み込んできた。


重い一撃が振り下ろされる。



(パワーはあるが、動きが単調だな)



俺は軽く体を横にずらして躱した。


さくらから学んだ足捌きだ。



「なに!?」


おじさんが驚く。



続けて横から胴を狙ってくるが————


(遅えよ)



俺は最小限の動きで全て躱していく。


「ちょこまかと!」


おじさんの呼吸が荒くなってきた。



一方、俺はまだ余裕がある。



(昨日の爺さんとの稽古で体力配分も学んだからな)



「どうした、県警三位さん」


俺は挑発する。



「息が上がってきたんじゃねえか?」



【次回予告】

県警三位を圧倒した桐人の前に、道着姿のさくらが師範として登場。次々と挑戦者が現れる中、全員を退けて、爺さんへのリベンジマッチに挑めるか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る