【第ニ部完】師旅煩悩(しりょぼんのう) 〜女子の胸を見てしまう呪いを力に変え、瑠璃色の剣で吸血鬼を斬る〜

くりべ蓮

第一部「目覚め」

序章「謎の呪い」

第1話「最後の朝と瑠璃の光」


俺が小学5年生になった直後の4月半ば。


母親が唐突に告げた。



「GWは親戚の家に遊びに行くよ」



両親も当然一緒に行くものだと思っていた俺は、喜んで返事をした。



「行きたい!」



しかし、いざ4月29日になると————


両親は出かける準備をしておらず、玄関に叔父が迎えに来た。



「え? お母さんたちは?」



「悪いな、桐人(きりひと)。今回は大人の事情でな」



俺は少し駄々をこねた。



でも母親の瞳には、どこか憂いが含まれていた。



いつもと違う、何かを覚悟したような————


視線が一瞬、俺から逸れる。何か言いかけて、でも飲み込むように唇を噛む。



「ねえ、桐ちゃん」


母親が俺の頭を撫でる。


その手が微かに震えていたことに、俺は気づかなかった。



「ママを困らせないで。帰ってきたら、桐ちゃんの好きなハンバーグを作ってあげるから」



(なんか変だな……)



父親も玄関まで見送りに来たが、叔父と目を合わせようとしない。


そんな違和感を抱きつつ、俺は渋々家を後にした。



まさかこれが、両親との最後の別れになるなんて……



     *  *  *



叔父の車の中。


田舎へ向かう道は、どんどん山深くなっていく。



「桐人、今年は球磨瑠璃光院(くまるりこういん)の特別開帳があるらしいぞ」



叔父が運転しながら言った。



「へー」



俺は窓の外を見ながら適当に返事をした。



「あそこはな、昔から不思議な話が多い寺でな」



叔父の声が少し真剣になる。



「薬師如来の十二神将が、時々『選ぶ』んだと」



「選ぶ? 何を?」



「さあな。煩悩を抱えた人間に、何か『印』をつけるとか何とか」



叔父は笑った。



「まあ、田舎の迷信だ。気にすんな」



でも、バックミラー越しに見えた叔父の目は、笑っていなかった。



「ただ、もし何か変なことがあっても、騒ぐんじゃないぞ」



(なんだよそれ、オカルトか?)



俺は内心で突っ込みながら、また窓の外に視線を戻した。



     *  *  *



叔父の家に着くと、従妹のユリがニヤニヤしながら待っていた。



「おっそーい! 桐ちゃん、また泣いてたんでしょ」



「泣いてねーよ!」



ユリは俺と同い年で隣の県に住んでいる。


その年頃までは女子の方が成長が早く、俺はいつもユリには力づくで言うことを聞かされていた。



(相変わらず暴力的なやつだ……)



「今年はあたしが桐ちゃんの面倒見てあげるのよ」



ユリが腕を組んで偉そうに言う。



「別に面倒なんて見てもらわなくても……」



「何か言った?」



拳を握るユリに、俺は慌てて首を振った。



     *  *  *



縁日当日。


境内は予想以上の人混みだった。



「ねえ桐ちゃん、ご神体見に行こうよ」



「俺はご神体には大して興味ないんだけどな」



「桐ちゃんはまだお子さまなのね」



結局、ユリに引きずられて本殿へ。


長い行列を経て、ようやく本殿の中へ入った。



厳かな空気が漂う。線香の煙がゆらゆらと立ち昇っている。


どこか別世界に迷い込んだような、不思議な感覚。



後ろの窓から差す日光が薬師如来像に反射して、金箔が異様なほど光を放っている。



「うわ、眩しい……」



その時だった。


一瞬、世界が静止したような感覚に襲われた。



音が消える。


人の動きが止まる。


時間の流れが、ゆっくりになる。



薬師如来の背後に、何かがいる。


いや、何かが「見ている」。



(なんだ……?)



胸の奥が、じわりと熱くなる。


まるで、内側から何かが染み出してくるような……



視界の端で、金色の光が揺らめいた。


それは俺に向かって、ゆっくりと近づいてくるように見えた。



でも、瞬きをした瞬間———


世界は元に戻っていた。



「桐ちゃん? どうしたの?」



ユリの声で我に返る。



「あ、いや……なんでもない」



でも、胸の奥の熱さは消えない。



何かが、俺の中で変わっていく。


そんな予感がした。



【次回予告】

球磨瑠璃光院から帰る道中、桐人の視線に異変が起き始める。女性の特定の部位に引き寄せられる視線、そしてユリとの気まずい別れ。さらに境内で出会う謎のお面屋が、桐人に不思議な言葉と共に白い面を手渡す……。次回「煩悩の始まり」

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