第2話 「触れるたび、感じてしまう」

翌週の水曜。

倉田さんは、予約どおりに現れた。

診療室の扉を開けたとき、

目が合った。

彼は、静かに一礼して席に座る。

「お待たせしました。前回の続き、処置していきますね」

いつも通りの声、いつも通りの手順。

けれど、私は明らかに“違っていた”。

身体の距離。

目線の使い方。

そして……角度。

ユニットを倒して、顔を右に傾けてもらう。

マスク越しでも分かるほど、彼の肌が近い。

(このまま……触れたら)

心臓が跳ねる。

なのに、止められない。

手を伸ばし、器具を使って奥歯を確認する。

そして、前かがみになる――

ふわり。

彼の頬に、自分の胸が“当たる”。

確実に。

**

逃げなかった。

彼も。私も。

数秒の沈黙。

私は、息を止めていた。

だけど、彼の身体が少しだけ緊張して、

それから、吐息をこぼしたのが分かった。

(やっぱり……感じてる)

なにを?

私の胸の柔らかさを?

それとも、わざと当てたっていう“意図”を?

処置が終わるころには、

自分の顔が火照っているのがわかった。

彼に気づかれないよう、

視線を外して、手早く片づける。

**

その夜。

ベッドに横たわっても、眠れなかった。

自分の胸元にそっと手をあてる。

布越しに触れたときの、あの感触を思い出す。

(おかしい……私、なにやってるの?)

でも、指先が止まらない。

昨日まで感じたことのない“疼き”が、

身体の奥から湧き上がってくる。

彼の頬。

その上で“反応してしまった”私の胸。

触れただけ。

ただ、それだけのはずなのに……

(気持ちよかった)

認めてしまった瞬間、

自分が“変わってしまった”気がした。

でも、どうしてだろう。

怖さよりも――

また感じたい、という欲望のほうが、強くなっていた。

**

次の日。

クリニックの休憩室で、彩音ちゃんが何気なく言った。

「そういえば昨日の患者さん、なんか照れてませんでした?」

「……誰?」

「えっと……黒髪で、無口な人。

由紀さんが担当してた、あのスーツの人ですよ」

(……やっぱり、気づかれてた)

「別に、普通だったよ。なんで?」

「なんとなく。顔、赤かったから。

あ、でもそれって由紀さんの“胸圧”のせいじゃ……」

「なっ……!」

思わず、声が裏返った。

彩音は、ケラケラ笑っている。

「うそうそ。先輩、最近キレイになったなって思ってたから。

なんか“色っぽい”っていうか……恋してます?」

その言葉が、胸の奥に突き刺さった。

(恋……なの? 私、いま……)

分からない。

でも、次の予約日が、待ち遠しい。

触れてはいけないと、思っているのに。

次にまた当たったら、

私は――どうなってしまうんだろう。

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