第3話 「感じさせたい、と思った日」
「こんにちは、倉田さん。今日もよろしくお願いします」
受付から診療室へ案内された彼は、
変わらず、静かに微笑んだ。
無口だけど、礼儀正しくて、
どこか“距離”を感じさせる人。
だけど、私は知っている。
この人が、私の胸に“反応”したことを――
そして、そのときから、
私のなかに奇妙な欲望が芽生え始めたことも。
(また、当てたい。
もっと……彼の“反応”を感じたい)
**
ユニットを倒すとき、
わざと、彼の顔がこちらを向く角度に調整した。
ライトを当て、マスクを整える。
口腔内をチェックするふりをしながら、
私は、ゆっくりと前傾姿勢になる。
ふわっ。
彼の頬に、自分の胸が軽く、触れる。
一瞬、彼のまぶたがピクリと動いたのが見えた。
(……感じてる)
それだけで、心の奥がじんわりと熱を帯びる。
誰にも見られない密室。
機械の音と、吐息だけが響く空間で、
私は“触れること”をコントロールしていた。
**
処置が終わったあと、
彼の顔には、ほんのりと赤みが差していた。
でも、彼はなにも言わなかった。
ただ、会釈して立ち上がり、
受付へと向かっていく。
私は背中を見送ったまま、
じんと疼く胸元を押さえた。
(もっと……触れていたかった)
欲望は、もう止められそうにない。
**
昼休み。
更衣室の鏡を見つめながら、
私は胸元に手をあてた。
スクラブ越しに伝わる感触。
これは、職業上の“偶然”なんかじゃない。
自分の意思で、触れていた。
(……私、おかしいのかな)
でも、誰にも言えない。
ただの“密着”なのに。
だけど、こんなにも感じてしまうなんて。
**
夜。
倉田さんの予約票を、私はこっそり写メした。
「次は、金曜日か……」
会えるのは、あと2日後。
だけどその間に、頭の中で何度も繰り返してしまう。
彼の頬に当たる瞬間。
目を伏せたときの息づかい。
そして、自分の胸が反応していく感覚。
“してはいけないこと”ほど、
どうしてこんなにも気持ちいいのだろう。
彼に、もっと感じてほしい。
もっと、見せてほしい。
その顔を、声を――
(私、もう……戻れないかもしれない)
だけど、怖くはなかった。
むしろ、次の密着が、待ち遠しくて仕方なかった。
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