第21話 side02 悲哀の希望
サイコリアクトが死体を完全に圧縮し、血だまりも目視では確認できないほどに処理をした。
紀里谷花音が目覚めてもいいようにという対処でもあるが、一番は証拠を残さずに警察などの目をかいくぐるためだ。
今は超能力による犯罪を立証できない警察は僕たちを立件できない。だが、注目が集まるのは、今後の活動に支障しか出ない。ならば、証拠は隠滅するしかない、という判断だ。
証拠隠滅が終わった後、サイコリアクトは早々に姿を消した。
まあ、顔を晒せない以上は仕方がない。
「んぅ……」
しばらく僕が紀里谷花音を介抱していると、短い吐息とともに彼女が目を覚ました。
「おはよう、寝起きの気分はどうだい?」
「……っ!」
僕の言葉に安堵なのか恐怖なのかどちらともとれない表情をしながら、ブワッと涙をあふれさせる。
そのうえ、彼女は何も言わずに僕へと抱き着いてきた。
「……あまりいいようではないみたいだね。このまま一人で帰れるかい?」
「……」
言葉はないが、彼女はふるふると首を振る。そんな彼女の手は明らかに震えていた。
「はぁ……おぶろうか?そうすれば、いくらか僕に寄り掛かることができるだろう」
「……」
僕の提案にも言葉はなかった。
ただ、ぎゅっと僕を抱きしめる腕の力が強くなった。
いくら人の感情の機微に対する興味が薄いと言えど、これの意味することくらいは分かる。
僕は彼女に確認することなく、彼女をおぶった。抵抗されることもなく、すんなりと事は済んだが、おぶられた後の紀里谷花音は僕の背中に顔をうずめてくる。
ぐっとおでこを押し付けられるような状態なので、少しビクッとするので、せめて肩に顔を乗せてほしいものだ。まあ、そんな余裕もないのだから仕方ないか。
事件のあった現場から歩いて20分ほど経過したころ、ようやく彼女の自宅に着いた。
見た目にしていえば、僕のよく見る、いわゆる戸建てという家とは少し様相が違った。正面には大きな扉があり、玄関という感じでもなかった。
だが、入るところはそこくらいしか見えなかったので、仕方なくそれを開けて入ると―――
「はい、いらっしゃいま―――花音!?え、誰!?」
どことなく紀里谷花音と似たような顔立ちをしている女性が中に立っており、まるで僕が客かのような振る舞いをしてきた。
しかし、僕の背中に負ぶわれている彼女を見ると、一気に顔の色が変わった。
だが、僕が迅速に事情を説明したのと、紀里谷花音が僕の服の裾をずっと握っていることで、なにかを察したのかそれ以上は踏み込んでこなかった。
「じゃあ、僕は役目を果たした。これでお暇するとしようか」
そう言って店らしい風貌の場所から立ち去ろうとしたが、それを許さない人物がいた。
他の誰でもない紀里谷花音だ。
俯いていて、顔も表情も見ることができないが、その震えた手だけで彼女が何に支配されているかわかる。
「行かないで……」
その言葉に、僕は後を引かれてしまう。ただ、世間的には僕が彼女のもとにいるのは非常にまずいことなのだろう。
本当なら、彼女のそばにいるようにしてあげたいが……
「なあ、零蘭君だったかい?うちに泊まっていかないかい?もちろん、店側になるけど、相応のもてなしはするよ」
「あなたはそれでいいのかい?仮にも娘の願望で僕はこの家に居座ることになるというのに」
「娘がそこまでなにかに怖がっていて、誰かを頼っているのに、それを引きはがすのはあまりいことじゃないだろ?」
「それもそうだね。僕もこのまま帰るのは後味が悪いから、お言葉に甘えるとしよう」
そう言って、僕は電撃的ではあるのものの、紀里谷花音の宅に泊まることになった。
まあ、寝泊まりする場所は彼女の隣などということはなく、今経っている客間の一角になったのだが、文句はない。
むしろ、母親として自身の娘を守る行為なのだろう。
少しそんな親を持っていることに嫉妬してしまう。
それからはあわただしく事が済んでいく。
客間に僕の寝床を用意され、彼女の母親が娘を風呂に入れたりするために、僕から引きはがしたりと、少々大変な場面が多かった。
ただ、最後まで抵抗するなどというこざかしいことはしなかったので、店が閉店の時間を迎えると同時にすべてのことは済んでいた。
彼女は依然として言葉数が少なく、会話もできない状態だったのだが、それは深夜になって大きく変わることになった。
皆が寝静まったころ。僕も入眠しようかといった時間だった。
眠気によって思考が鈍り始めてはいたものの、自分の身に置き大変くらいには気づけた。
僕の体は布団に包まれているだけ。だというのに、まさぐられているような感覚を覚えている。ただ、この状況で不審者が来たとは思わない。
「寝れないのかい、紀里谷花音」
「―――ごめん。ちょっと、一人でいるのが怖くて……」
「まあ、僕にも責任がある。少し話でもしようか」
そう言うと、彼女は僕の横にちょこんと座る。僕も、それに合わせて起き上がった。
「手、握ってくれる?」
「ああ、構わないよ」
彼女の言葉に、僕は合わせる。
握った手は、小さくて冷たくて、そして震えていた。やはり、本当に怖かったのだろう。
「ごめんね、私はあんまりこういうことしないと思ってたんだけど、ちょっと今はどうしようもなくて……」
「君には色々助けられている。だから好きに頼りたまえ。僕は、なにがあろうとそれを拒絶することはない」
「―――零蘭君……そういうのは期待しちゃうから」
「するのは個人の勝手だ。好きにするといい。だが、僕も少なからず君に好意はある。だから、君のそういった感情は独りよがりではないはずだ」
「っ……じゃあ、私と―――」
「残念だが、交際関係にはなれないよ」
「……でも、」
「君は僕のことを知らなすぎる。本当の僕を見た時、君は耐えられなくなるだろう」
「そんなことない!」
何気なく言ったことだったが、彼女は思ったよりも否定してきた。
それも、否定の瞬間は、彼女の手の震えが消えていた。
それだけ彼女の言葉の重みがあるということなのだろう。
「私は零蘭君が……す、好きだよ!だから、私は絶対に拒んだりしない!」
「口ではなんとでも言えるさ。君は僕を拒むよ」
「そんなことしない!私は零蘭君のすべてを受け入れる!―――ひっ!?」
多分僕は今までしたことない怒りの表情をしているだろう。
彼女のおびえる顔を見ればわかる。
「君は知らなすぎる。その受け入れるという言葉がどれだけ浅はかか。君は僕の罪の大きさを知らないんだ。だから―――
いとも簡単に、僕に希望を抱かせてしまう」
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