第20話 side01 忘れられた温度

 例の件についてなんの成果もなく数日が経過した。

 生徒会の一人がふさぎ込んでしまったという話は聞いたが、今の俺には気にしている余裕もない。どうせ、人が死んだ程度でショックを覚えているだけだろう。


 その程度でダメになるのなら話にならないだけだ。


 話は戻るが、特に怪力の犯人は見つからない。状況証拠や現場状況を鑑みるに、能力は純粋な力の増強で間違いないと思うのだが、如何せん決定的な証拠というものが見つからなかった。


 ただ、犯人がこの学校にいる可能性が高いというところまでは絞った。

 その犯人が、このあたり一帯の不良の頭目ということもわかっている。だが、妙に狡猾なのか、警戒心が高いのか、中々尻尾をつかめない。


 こういった犯人がいつも簡単に見つかるとは思っていないが、今回は特にひどい。不良の集まりだと油断して初動が遅れたのが原因だろうか?

 まあ、どう後悔しても後の祭りというものだ。


 そうこうしていると、俺は自身の下駄箱の前に着く。上履きをとるために、扉を開けるとストンと紙が落ちてきた。


 「ん……?」


 落ちた紙を持ち上げると、それにはハートマークのシールで封がされた書面だった。

 絵面だけ見ればラブレターにも見えるが、誰からなのかがわからない。


 最近異性から好かれるようなことをした記憶がない。


 そもそも女と関わるようなことが会長以外になかった。だが、その肝心の会長も今はろくな関係性でもないし、こんなかわいい感じで告白してくるようなタマではなかった。


 つまり、知らない誰かが俺に告白を控えようとしている。


 そう考えると億劫以外に何も言うことはないが、念のため中身を見ておく。

 中身は簡潔にこうつづられていた。


 『放課後、屋上に来て』


 一番最初に思ったことは、いたずらだろうな、ということだった。

 字面に緊張感がなさすぎる、やけに綺麗にそろっていて不自然だ。だが、何度も書き直した可能性もあるため、なんとも言えない。


 ただ、俺のこういう直感は当たる。ただ、本気で告白するつもりだったら、放置はあまりにも失礼か。


 仕方がないから、向かうだけ向かうか……


 こうして強制的に放課後の予定が決まってしまった。とは言いつつも、こういったものは初めてでどうすればいいのかがわからない。

 俺とて、相手を無作為に傷つけたいわけではない。


 相応の善意には、返すつもりでいる。しかし、この手紙の送り主が本物かどうかは知らないがな。


 いろいろ考えて放課後を迎え、いよいよ呼び出しの時間となっていた。

 だが、そこで思わぬ人物が教室にやってきた。


 「零陵一はいるか?」


 ―――昨日の今日で接触を図ってくるとは思わなかったな。


 会長が俺のいる教室にやってきて名前をでかい声で言うものだから一斉に俺のもとへと注目が集まった。

 勘弁してくれとは思うが、さっさと彼女のもとに向かう。


 「なんの用だ?昨日の今日で話しかけてくるとは意外でもあるけど」

 「その昨日のことに関して聞きたいことがある。二人きりで話がしたい。今から私の家に来れるか?」

 「あんたは本当に人の話聞かないな。関わるなと言ったはずだ」


 俺はそれだけ言って彼女の横をすり抜ける。しかし、それを彼女は許さず、首根っこをつかんできた。


 しかし、その手は震えていて、なにかにおびえているようにも見えた。


 「なあ、お前はずっとああいうのを見てきたのか?」

 「……そうだ」

 「なら教えてくれ―――あれはなんなんだ」

 「……人は進化を求めた。その結果があれだというだけだ。これ以上は……っ!?」


 これ以上は話すつもりはないと伝えるつもりで振り返ったが、思わず息をのんでしまった。


 理由など単純だった。彼女が泣いていたからだ。

 ポタポタと彼女の足元にしずくが落ちていき、すれ違う人たちが彼女のなき姿にぎょっとするので、俺は慌てて彼女の手を引いて場所を移した。


 と、言っても廊下の恥のほうに移動しただけなので、見られるときは見られるのだが、まあそこは気にしなければなんでもない。


 「かいちょ……紀里谷先輩」

 「ぐす……すまない。私はどうすればいいんだ……」

 「簡単だ。関わらなければ―――」

 「だが、お前が心配なんだ。昨日のことで思うことはいろいろあった。なにをしているんだとか、人が死ぬなんてとか、いろいろ考えた。でも、最後にはお前が問題の渦中にいることが何よりも私の胸を締め付ける。なあ、お前が手を引いて終わりにできないのか?」

 「―――できないな」

 「なら、一人でいようとしないでくれ。少しくらい、私だけでもいいんだ。巻き込まれても構わない。だから―――」

 「勝手なエゴで関わるな。なにを言おうと、あんたはなにも知らずに生きていたほうが幸せだ」


 関わるなと徹底して伝えるのだが、彼女は話を聞かず、それどころか聞きたくないとばかりに抱き着いてきた。

 好意からというよりも、縋るような思いという感情が大きく見え、胸にうずめられた顔は見ることができずに、なにを考えているのかわからなかった。


 ただ、強く背中に回された手から頭ごなしに拒否できなかった。

 それに加え、こういった経験が皆無な俺は彼女の慰め方やどう対応すればいいのかがわからない。


 しばらくすると、泣き止んだ会長が俺から離れた。


 「―――お前は人を殺したのか?」

 「俺は不必要に殺したりはしない」

 「……なら、お前はあの時あの男を殺したのか?」

 「難しいところだな、結果として奴の自爆だが、俺が原因であることに間違いもないしな……」


 どう答えるのか迷うところだが、彼女は俺の回答に納得したようだった。


 「私は見る目には自信があるつもりだ。だから、お前を信じる。だからお前も、あんまり無茶なことをするなよ?」

 「了承しかねるな……いや、できるだけ善処はする」

 「そこは、二つ返事ではい、だろうが」


 そう言って彼女は俺の胸を拳でたたいた。普段なら苛立ちを覚えるような行為だが、なぜだかこの時はほのかな温もりすら感じた。まるで―――


 「母さん……」

 「零陵?」

 「っ……な、なんでもない!」


 過去にすがっている場合ではない。

 そうだ、そういえば呼び出しを受けているんだった。


 思い出したように俺は、彼女のもとを離れようとする。


 「会長、俺はこれから用事があるんで」

 「珍しいな。聞いてもいいか?」

 「ラブレターもらったんで、その返事に」

 「え……」


 俺はすでに振り返って歩き始めていたため見ることはできなかったが、俺の言葉を聞いた時の彼女の呆けた表情は、驚きと戸惑い、そして寂しさがあった。

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