第7話 過去との対話、真実の解放
プロテストまで、
残すところあとわずか。
佐々木さんとの練習は、
追い込みに入っていた。
体は疲労を感じるはずなのに、
不思議と軽かった。
それは、佐々木さんの
緻密な調整と、
美咲の献身的な支えの
おかげだろう。
俺の投球フォームは、
以前よりも洗練され、
打撃もより力強くなっていた。
プロへの確かな手応え。
それを感じれば感じるほど、
胸の奥で、
小さな違和感が疼いた。
それは、七年前の
あの日のことだ。
甲子園予選決勝のマウンド。
右肩に激痛が走った、あの瞬間。
あの時、俺は、
真実を誰にも言えなかった。
痛みを隠して投げ続けた。
その結果が、
夢の終わりだった。
練習後、佐々木さんの
指導室で向かい合った。
湯呑から立ち上る
お茶の香りが、
鼻腔をくすぐる。
静寂の中、
俺は意を決して、
口を開いた。
「佐々木さん、俺…
高校の時、肩を壊した本当の理由が、
実は、痛みを隠して
投げ続けていたからなんです」
言い終えると、
体が震えた。
佐々木さんは、
黙って俺の目を見つめている。
彼の表情から、
何も読み取れない。
その沈黙が、
俺の心をざわつかせる。
汗が、手のひらにじっとり滲んだ。
一瞬の沈黙の後、
佐々木さんは、
ゆっくりと息を吐き出した。
「そうか……。
正直なところ、
少しは予想していたよ」
佐々木さんの言葉に、
俺は驚きを隠せない。
「君の体を見れば、わかることだ。
当時の無理が、
今も残る体の歪みに
現れている」
佐々木さんの言葉は、
俺の心の奥深くに刺さる。
俺は、七年間、
隠し通してきたはずの真実を、
この人は、見抜いていた。
佐々木さんの視線が、
俺の心に、
大きな感情の膨張を引き起こす。
恥ずかしさ。
後悔。
そして、ようやく真実を
打ち明けられた安堵。
様々な感情が、
胸の中で渦巻く。
その日の夜。
美咲の家で、
夕食を囲んでいた。
食卓には、
美咲が作ってくれた
俺の好物が並んでいる。
温かい湯気が、
俺の心を落ち着かせる。
しかし、昼間の佐々木さんとの
会話が、頭から離れない。
美咲にも、この真実を
打ち明けなければならない。
それは、俺が前に進むために、
どうしても必要なことだ。
そう、強く思った。
美咲は、俺の顔色を
じっと見つめている。
「雄太君、どうかしたの?
なんか、元気ないみたいだけど」
彼女の優しい声が、
俺の胸に響く。
美咲に、嘘をつきたくない。
この価値観の発動が、
俺の心を突き動かす。
深呼吸を一つ。
美咲の目を真っ直ぐ見つめ、
ゆっくりと口を開いた。
「美咲、俺、高校の時…
肩を壊した本当の理由、
実は、痛みを隠して
投げ続けてたんだ」
言い終えると、
美咲の瞳が、
大きく見開かれた。
その目には、
驚きと、悲しみが混じっていた。
彼女の顔から、
血の気が引いていくように見えた。
美咲の、その表情が、
俺の胸を締め付ける。
俺のせいで、
美咲がこんな顔をしている。
後悔の念が、
心の奥底から込み上げる。
美咲の目から、
大粒の涙が溢れ出した。
「どうして……
どうして、そんなこと、
言わなかったの……」
美咲の声は、震えていた。
俺は、美咲の震える手を握り、
「ごめん。
怖かったんだ。
夢が、本当に終わるのが怖くて。
誰にも言えなかった」
そう告げると、
美咲は、俺の言葉をさえぎるように、
俺の体を、強く抱きしめた。
彼女の温かさが、
俺の全身を包み込む。
その腕の中で、
美咲の声が聞こえた。
「バカ。
私、雄太君のこと、
信じてるよ。
ずっと、信じてるから…」
その言葉が、
俺の心の奥底に深く染み渡る。
美咲の温かさと、
彼女の揺るぎない信頼が、
俺の凍り付いた心を、
ゆっくりと溶かしていく。
俺の瞳から、
熱い涙が溢れ出した。
握りしめた美咲の手が、
ほんのりと温かい。
その温もりが、過去を手放し、
未来を掴む誓いに変わる。
それは、七年間、
押し殺してきた悔しさも、
罪悪感も、
全てを洗い流す、
浄化の涙だった。
美咲の腕の中で、
俺の心は、
諦めていた夢と、
それに向き合う新たな自己との間に、
明確な分裂を始めたのを感じる。
もう、過去の自分に
縛られる必要はない。
美咲が隣にいてくれる。
それだけで、
俺は、前に進める。
この思考が、
俺の未来の動作へと
確実な助走をつけていく。
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