第6話 プロテストへの加速、静かなる闘志
佐々木さんの指導は、
日を追うごとに、
俺の体を新たな高みへと導いた。
朝の自主練。
会社での仕事。
夜は佐々木さんの指導のもと、
バッティングセンターや
小さなグラウンドでの練習。
美咲は、そんな俺の生活を、
献身的に支えてくれた。
毎日、栄養バランスを考えた食事。
疲れた俺の肩を、優しく揉んでくれる。
その温かい手に、
何度助けられたか分からない。
美咲の存在が、
俺の心を、常に
温かい光で照らしてくれていた。
佐々木さんの指導は、
まるで、俺の体と対話するようだった。
「雄太、今の球は悪くないが、
腰の回転が少しだけ早い。
もう少し、軸足で粘ってみろ」
彼の言葉に従うと、
球速がさらに伸び、
キレが増すのを感じる。
バッティングもそうだ。
「雄太は、無理に引っ張る必要はない。
バットを信じて、自然に振り抜け。
そうすれば、打球は勝手に飛んでいく」
彼の指導は、俺の体に負担をかけず、
最大限のパフォーマンスを引き出した。
肩に、以前のような軋みは一切ない。
むしろ、全身が、
一つの生き物のように
連動している感覚。
俺の体は、限界を超えて、
進化を続けている。
その進化が、
俺の心を、
確かな手応えで満たしていく。
プロテストへの自信が、
内側から湧き上がってくるのを感じた。
俺の再挑戦の噂は、
メディアにも広がり始めていた。
地元のスポーツ新聞に、
小さく俺の名前が載る。
「元『怪物』田中、プロ再挑戦か」
そんな見出しが、俺の目に飛び込んできた。
会社でも、同僚たちが
「田中さん、新聞に出てましたよ!」
と興奮した声で話しかけてくる。
部長も、以前の呆れたような顔ではなく、
どこか誇らしげな表情で、
俺の肩を叩いた。
世間の注目が、
俺の心をざわつかせる。
しかし、それは、
かつてのような高揚感ではない。
静かで、確かな闘志へと変わる。
俺は、もう浮かれる自分ではない。
見据えるべきは、プロの舞台。
そう、心に刻み込んだ。
そんなある日、
テレビのスポーツニュースを見ていた。
プロ野球の試合が流れている。
そこに映っていたのは、
高校時代のライバル、鈴木の姿だった。
彼は、プロの世界で
確固たる地位を築いていた。
マウンドで、力強いピッチングを見せ、
打席でも、鋭いスイングでヒットを放つ。
鈴木の活躍は、
俺の心に、複雑な違和感を与えた。
かつてのライバル。
俺が夢を諦めた後も、
彼は輝き続けていた。
胸の奥底で、
微かな悔しさが、じわりと広がる。
だが、その悔しさは、
すぐに「俺もあそこに立ちたい」という
強い感情の膨張へと変わった。
彼が掴んだ場所に、
今度は俺が立つ番だ。
その思考が、
俺の全身を駆け巡る。
鈴木の存在が、
俺のプロへの「覚悟」を、
さらに研ぎ澄ませる価値観の発動となる。
俺は、テレビ画面の中の鈴木を
真っ直ぐ見つめた。
必ず、あの舞台に立つ。
その夜、俺は誰もいない公園で
ボールを握った。
ひんやりとした夜風が、
汗ばむ額を撫でる。
頭上には、都会の光に霞む星空。
鈴木の姿が、まぶたに焼き付いて離れない。
投げたボールが、
壁に吸い込まれるような音を立てる。
暗闇の中で響くボールの音が、
俺の静かな闘志を
確かな形に変えていく。
硬い革の感触が、
手のひらに強く残る。
深く息を吐き出す瞬間、
俺の心は、
プロの舞台に立つという
確かな誓いに満たされた。
その動作は、
プロテストを目前に控え、
いよいよ最終段階へと向かう
雄太の決意を固めるものだった。
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