第50話 変わらぬイクミと、兄妹の真実
俺とサラとイクミは4階のタクミの死体が消えた場所を目指す。
幾人かの冒険者とすれ違い、彼らもタクミを探している様子だった。
双子の姉のイクミの様子にホッとしたり、戸惑っていた。
俺に対しても「大丈夫か?」とやたらと聞いてくる。
俺よりも、目の前でタクミを殺されたサラの方が心配だろう。
今もサラは俯いて何かに怯えた様な暗い表情をしている。
大聖女なのに救えなかった事がよっぽどショックだったんだろう。
『サラちゃんは僕が守るためから大丈夫だよ!』
何よりタクミはサラを守ろうとしていたのに、サラの回復魔法でもどうする事も出来なかった……。
「シロウ、サラ」
ちょうどイチロー兄さんとジロー兄さんがダンジョンの奥から歩いてくる。
「イクミも来たのか……」
2人ともイクミに何と声をかけていいか分からない様子だった。
「タクミが消えた場所に行ってたの?」
イクミが構わずに2人に尋ねる。
「あ、ああ、……消えたって場所は何処も普通の岩壁で通り抜けられる場所はなかったよ」
「モンスターだけが通れる何かがあるのかもな……」
「ユカの身体を乗っ取ってたモンスターも同じ場所に消えたんだから、その説が有力だよね」
2人の答えにいつも通りの反応をするイクミ。
「人間が通れないとなるとこの場所からタクミを探すのは無理だ、な……」
ジロー兄さんも釣られていつもの調子で答えて、イクミの前で不謹慎だったと察する。
「でも、ユカの身体は中身がモンスターだったとは言え、壁の中を通れたはずだよ」
けれどイクミは気にしない。
「ロウくんたちをあの場所に誘導したのは、ユカの身体と本来のモンスターの身体を一緒に置いておける場所だからだし」
あ、そうか。
「相変わらずだな、イクミは」
イチロー兄さんが感心したように言った。
「まあ、出入りできる方法は思い浮かばないんだけどね」
いつもの空気感に包まれる。
「まあ、俺たちは10階からモンスターの本拠地に行けないか試してみるさ」
そう言って2人はこの場を去ろうとする。
10階から探すのも悪くない選択のような気がする。
「待ってよ! イチローちゃん、ジローちゃん!」
イクミが真剣な目で2人を呼び止めた。
「タクミは守ったよ。サラちゃんを守ったよ」
俯いて居たサラが一瞬顔を上げる。
「……ああ、アイツは俺たちの誇りだよ」
イチロー兄さんが言い。
ジロー兄さんも辛そうに頷く。
イクミが満足そう微笑む。
何だ? これ?
俺は強烈な違和感を覚える。
サラを守るのは兄の俺だろう!?
何故、他人のタクミが守らなくちゃいけない!?
タクミはそれで死んだんだぞ!?
「おかしいだろ!」
俺は叫んでた。
「何でタクミがサラを守る必要があるんだ」
思えばサブロー兄さんもおかしかった。
『サラを兄貴として守ってやってくれよ』
俺に言うのは分かる。
『タクミもな』
でも、それは違うだろ!?
イチロー兄さんもジロー兄さんも。
『側にいるお前たちで守ってやれ!』
何故、タクミも巻き込むんだ。
サラを守れなんて言わなけれ、タクミが死ぬ事もなかったんじゃないか!?
◆◇◆
兄さんたちから答えはないままに、俺たちは別れた。
俺の違和感にも答えは出ない。
俺たち3人はモンスターの入れない太陽石の広場に着く。
今も4階にはモンスターの姿はないから、この広場の意義も今は薄い。
つい昨日は、ここでモンスターが入れ替わっていたユカの残したアリアドネの糸の光をタクミと一緒に見つけて辿って行ったばかりなのに……。
ふとタクミの言葉を思い出す。
『え!? そんな危険だったの!? ロウくん!?』
俺がユカに殺される寸前だったと話した時だ。
『やっぱり、ついて来て良かった……』
タクミはそんな事を言っていた。
サラを守るだけじゃない、タクミは俺をも守ろうとしてた——。
「なあ、イクミ。どうしてタクミは俺の身体も守ろうとしたんだ……?」
俺がサラを守って死ぬ事はそれが兄の使命だから別にいい。
だけど、他人のタクミが兄さんたちに言われたからって、俺を差し置いてサラを守る事はないんだ。
しかも、俺の身体を守る為でもあったとは、何故なんだ?
「ああ、それはロウくんの身体が本当はタクミのものだからだよ」
イクミが何でもないことの様に言う。
サラがビクッとこちらを見る。
「……!?」
「ロウくんが本当はタクミで、タクミが本当のシロウなんだよ」
「何だ……よ、それ……」
俺は何とか声を絞り出す。
「小さな頃に入れ替わったっきり、ずっとそのままだったんだよ」
「や、やめて!!」
イクミの話をサラが遮った。
大声がダンジョン内に反響する……。
サラの表情が読めない。
俯いてますます暗くなる。
「……」
イクミは素のままの表情をしている。
悪意が全くない。
「何故言ってはいけないの?」そんな顔だ。
「ほ、本当……なのか……」
気付かなかった。
息が止まる様な衝撃が走った。
けど、色々な事に辻褄が合う。
兄さんたちは「兄ならサラを守れ」と、俺では無くタクミにこそ言っていたんだ。
『じゃあ、俺のせいだな……』
サブローくんは、だからそう言って泣いたのか。
「知ってたのか? サラ」
俺が言うとサラは俯いたまま動かない。
ああ、答えは聞かなくても分かった。
『あなたを兄と思った事はありません』
サラは最初からそう言ってたじゃないか——。
「シロウは自分の身体と私の弟を守ってくれたの。だから私もシロウを誇りに思う」
イクミが言う。
シロウは俺だ。
でも、ずっとイクミにとってはタクミこそがシロウだったんだ。
なんだ、それ——。
◆◇◆
俺たちはタクミの消えた場所に来ていた。
ちょうど調査を終えた後らしく、誰も居なくなっていた。
「ここかぁ。本当に壁しかないね。でも、必ず手掛かりはある筈よ」
イクミはやはり明るく前向きな事を言う。
俺はここまで来たはいいが、俺とタクミも入れ替わっていた事実を知らされて現実感が無くなっている。
自分の軸を何処に置けばいいのか分からない。
サラもただ無言で俯いてる。
「ロウくんは知ったばかりで仕方ないけど、サラちゃんは落ち込みすぎよ。いつかバレる事は分かってたでしょう?」
「……みんな、知ってたのか?」
俺は小さな声で疑問を口にする。
自分の声じゃないような、掠れた声だった。
「入れ替わった直後に、ロウくんがショックで暴れたのよ。だから、みんなでロウくんにショックを与えない様に隠したの。ダンジョン温泉の大人ならみんな知ってる事だよ」
みんなの顔が思い浮かぶ。
俺は騙されていたのか?
いや、イクミは俺が暴れたと言った。
隠したのは俺を守る為——?
分からない。
サラがずっと俯いている。
自分の身体を抱きしめるサラの手が強く食い込んで、腕にアザを作る。
不安が大きくなる。
——サラは、まだ何か隠してる——
俺の直感がそう言っている。
直ぐに俺はイクミを見る。
イクミも驚愕の表情をしている。
「タクミじゃないのね——」
「シロウとタクミが入れ替わった時、側に居たのはサラちゃんだった」
「……青髪のプリンスに似たブルーさんをサラちゃんが追いかけていたって……、知ってたんじゃないの、サラちゃんは青髪のプリンスをずっと前から知ってたんだ……」
イクミがブツブツと何事かを呟いている。
いつの間にか、サラが顔を上げてイクミを見ている。
その真剣な顔が真実を映し出す。
心臓の音が跳ね上がる。
やめてくれ!
これ以上は受け止められない。
——何も知りたくない。
俺の願いも虚しく、イクミの唇が動く。
「こいつが青髪のプリンスだ」
イクミが俺を指差す。
サラが突っ伏して、泣き崩れた。
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妹は大聖女 ― 竜の迷宮と、俺が知らない妹の秘密 唯崎りいち @yuisaki_riichi
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