思考現実化装置、それと僕たち。

確率に嫌われてるんだ。

思考現実化装置、それと僕たち。


『思考は現実化する』


 昔、本屋でそんなタイトルの自己啓発書を見たことがある。

 表紙だけ眺めて、買いはしなかったけれど。


「たぶん、こういうことじゃないんだろうな」と思いながら、今しがた生成したハンバーガーを頬張る。

 ピクルス多めの、自分好みに生成できた。美味い。


「ちゃんとイメージ通りに生成できてる?」

 白衣姿の幼馴染が、不安げにこちらを覗き込んでくる。


「思考現実化装置だっけ、これ」

「そうそう。脳内イメージを現実に生成する装置!」


「すごいな。こんなにちゃんとハンバーガーが生成できるなんて」

「ちゃんとできてるんだ!私がやったときは、イメージがうまくできなかったんだけど」

 そう言いながら、僕の手からハンバーガーを奪って、興味深そうに観察する。

 ……もうちょっと食べたかったんだけどなあ。


「うわっ、ピクルス入ってる!」

「僕はピクルス入ってる方が好きなんだよ。いらないなら返せ」

 文句を言いつつも、ハンバーガーを平らげ、満足そうにPCデスクに向かう。

 こういうところ、昔から変わらないよなあ。


「どうすれば、みーくんみたいにうまく生成できるんだろう」

「それ、香菜が聞く?」

「だって私、上手くできなかったもん」

 そう言いながら、デスク横の冷蔵庫をゴソゴソ漁る。と思ったら、ハンバーガーが出てきた。

 僕に差し出しながら言う。


「これ、食べてみて」

「……これ、いつハンバーガー?」

「今日生成したばっかりだから大丈夫」


(前、あの冷蔵庫の牛乳で腹を壊したんだよな……)

 そんな記憶がよぎる中、ハンバーガーの匂いを確かめる。

 特に異常なし。


 とりあえずレンジで数十秒加熱する。

「あのとき、しばらく腹を壊したなあ」なんて考えているうちに、チンという音が鳴る。


 恐る恐る食べてみると、全体的にパサパサしている。

 パサパサで、スカスカ。表面だけそれっぽい何か。


「なにこれ」

「私が生成すると、そうなるんだよね」

「見た目だけ美味しそうで、中身スカスカ」

「そう、みーくんみたいでしょ」

「……誰がだよ」


 まあ、香菜みたいに深くやるタイプとは違って、僕は広く浅く、ってやつだけどさ。

 確かに、見た目から入るし、すぐに飽きるけど。


 ――あれ、これ僕が悪いのか?


「みーくんがスカスカなのは置いといて。それで、どうやって生成したの?」

「どうやってって……言われた通りにハンバーガーを想像しただけだけど……」

「うーん、数値的には差が出てないのになぁ」

「想像力の問題とか?ほら、香菜あんまり料理しないし」

「そりゃしないけど……」 

「豚肉と牛肉の違いもわからないし」

「……うん」

「ある程度、味について感覚が鋭くないと、とかさ」

「それはあるかも」

「あと、なんか変なこと考えてたんじゃないの?『いっぱい食べたいけど太りたくない』とか」

「あ、……うん」

「集中しないと、集中」

「それはみーくんに言われたくない」


 スカスカだの、集中力がないだの、散々な言われようだ。

 まあ、いつもフラフラしてる僕に言われたくないってのは分かるけど。


「これ、原料はどうしてるの?」

「理想は空気中の分子と水でできればいいんだけど、今はほとんど材料そのままって感じかな」

「それ、料理したほうが早くない?」

「考えるだけでできるんだよ?すごくない?」


 たしかに。でも、すごいと使えるは違う。


「でも、香菜みたいに味覚が弱いと、ちゃんと生成できないんでしょ」

「もうちょっと言い方、考えてくれるかな?」

「まあ、調理器具としてなら便利かもね」

「調理器具かぁ……」


 香菜はわかりやすく落ち込んだ。

 でもこれ、料理人の仕事を奪いかねないよなあ。


「結局、便利な道具を作ったところで、所詮道具は道具。完成度を上げるには前提とする知識が必要だっていうことで」

「むぅ……」

「これって、料理以外も作れたりするの?」

「うん、簡単なものなら」

「例えば?」

「適当な石入れて、石像とかなら。複雑なものは無理だけど、サイコロみたいに単純なのなら作れたよ。」


 香菜の指差す方向を見ると、机の上に大事そうに飾られたサイコロ型の石があった。

 ――おっ、これはオスのサイコロだな。


「それが人間の想像力の限界かも~」

「香菜の想像力の限界でしょ」

「まあ、それもある~」


 そう言いながら、また冷蔵庫からハンバーガーを取り出し、レンジに入れる。

 いったい何個作ったんだか。まあ、捨てずに食べるのは偉いけど。


「しかし、これ使う人が使えばすごいことになるんじゃないか?兵器とか」

 ミサイルとか、爆弾とか。それこそ原料揃えて考えただけで作られたらたまったものじゃない。


「うーん……想像できれば、ね。でも難しいと思うよ。そんなに集中力持つかなぁ」

「なんで?」

「寸法とか立体構造とか、正確に思い浮かべるのって意外と大変なんだよ」


 たしかに、ちょっとしたズレで爆発物なんて事故まっしぐらだ。

 想像の精度が、現実の精度に直結する。


「ハンバーガーの場合、見た目ざっくり『美味しそう』で、味覚情報が整ってればいいの」


 レンジからハンバーガーを取り出し、熱そうに頬張る香菜。

 まるで餌をねだる鯉みたいに口をぱくぱくさせている。


「サイコロって単純だけどさ、形は正六面体で、目は1〜6、対面の目の合計は7……。それを、想像の中でちゃんと保たなきゃいけないの。地味に難しいよ」


 何とか飲み込んだらしい香菜が咳き込みながら言う。


「みーくん、ハンバーガーのサイズとかいちいち考えてなかったでしょ?

 サイコロは簡単だったけど、部品が複雑なものはどうしても難しい。

 寸法精度が必要な兵器製造なんてもってのほかだよ」


 寸法精度が少しでも狂えば施設ごと破壊しかねない。

 ――なるほど、だから『人間の想像力の限界』か。


 フーフーとハンバーガーを冷ましながら、香菜の言ってることとやってることのギャップにちょっと笑ってしまう。

 僕とは逆に、「見た目が中身に追いついていないよなぁ」とか思ってみたりする。


「これ、どっちのほうが良いんだろうな」


「ん、というと?」

「あ、いや。人間が手でやるのと、機械でここまで作るのだったら、どっちが良いのかなって……」


 あぶないあぶない。

『見た目だけの僕』と『中身だけの香菜』、どっちが良いか――なんて考えてたのが漏れた。


「時間効率で考えたら、大まかに機械で作って、細部を人間が仕上げる方が一番効率が良いんじゃないかな」

 まあ、完成度で考えたら、そこまで単純化はできないか。


「私が今このハンバーガーを食べてるみたいに、人間の妥協ラインが下がったらそのまま出せるかもね」

「そのハンバーガー美味しいの?」

「美味しくない、できれば食べたくない。でも、もったいないもん。でも、この『美味しくないもの』が当たり前になったら?」


 香菜の雑なイメージで生成されたそれは、食えるけど、味わえない。

 ただ、彼女は文句も言わず、もそもそと『摂取している』。

 まあ、香菜のそれはただの貧乏性だけど。


「その『当たり前』に精鋭が希釈されるってこと? そんなこと、あるの?」

「まあ、人間は慣れるからね。精鋭を好むみーくんみたいな変わり者は淘汰されるってことだよ」

「変わり者はお互い様だろ」

「そうだけどね~」


 何故か嬉しそうな香菜。

 変わり者が褒め言葉になる世界で生きてるらしい。生きにくそうな人生送ってるな。

 ……人のことは言えないけれど。


「大量に作られた、そこそこの作品を大勢が喜んで消費して。ほんの一部の人だけが、ほんとうに良いものを見分けて手に取る。そうなる気がするんだ」

 香菜はそう言って、最後のひと口を噛みしめながら、どこか遠くを見るような目をした。


「そんなに上手くいくかな」

「っていうと?」

「同じものに埋め尽くされたら反発したくなるんじゃないかな。と思って」

「そうだね。皆、同じ仕方で反発するだろうね。同じやり方、同じ方法で、誰かの後に続いて」


 ――そんなわけない。

 そう思うのは、僕が変わり者だからなのだろうか。感じた違和感を無視できない、生きづらい変わり者。


 ――それじゃあ、意味がない。

 そう思った、変わり者の僕。違和感が、本当に違和感であるためには、違い続けなきゃいけない。


 そう思うのは僕だけなのだろうか。


「みーくんみたいに自分に正直な人間ばっかりじゃないってことだよ。」

「それ褒めてるのか?」

「一応ね」


 香菜は手についたソースをぺろっと舐め、まっすぐ僕を見つめる。


「私は、みーくんのそういうとこ、好きだよ」

 僕は、香菜のそういう真っ直ぐなところが苦手だ。


「みーくんは、どっち側で生きてくの?」

「……さあ。でも少なくとも、香菜の作ったスカスカハンバーガーの味だけは、忘れないだろうな」

「え、それ褒めてるの? けなしてるの?」

「両方」


 香菜はちょっとムッとした顔をして、でもすぐにくすっと笑った。

 ハンバーガーみたいに、スカスカでも見た目が良ければ許される時代。

 でも、だからって


「それを本物と呼んでいいのか、って話なんだよな」

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思考現実化装置、それと僕たち。 確率に嫌われてるんだ。 @Anti_Kakuritu

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