第13話 引越しの、提案

 来栖さんを家に送り届け、俺は危険なのは道中だけではなかったのだと思い直す。


 来栖さんの住んでいるマンションのエントランスにもオートロックはない。それだけではなく、電球が切れている場所があり薄暗い上、ピンクのチラシがポスト近くのゴミ箱から溢れていた。


(これはまた……)


 俺の住むマンションもセキュリティが弱いと思ったが、このマンションも似たり寄ったり。

 俺は男なので問題は財布の中の大金だけで銀行に預ければ問題ないが、来栖さんは女の子。それも美少女だ。


 ここに住まわせておくのは不安である。


「送ってもらってありがとうございました」


「じゃあ、また明日」


 部屋の前まで送り、部屋の鍵を閉めた音を聞いてから俺は自分の家までの道を歩きながら考える。


(来栖さんに引越しを提案しよう。せっかく普通に学校に通う事ができるんだ。不安はなるだけ取り除いた方がいいだろう)


「うん。それがいい!」


 俺は後日この事を来栖さんのお母さんに相談する事にして、1人で部屋まで帰った。


 ◇◆


 翌日、俺は来栖さんと時間を合わせて病院の前で待ち合わせをした。


 俺が着くと、学校帰りの来栖さんがすでに待っている。


「今日は俺が待たせちゃったな」


「私も今来たところです、行きましょう!」


 2人で病室へ向かうとお母さんが笑顔で迎えてくれた。

 カーテン越しの日光に照らされる笑顔は、この間よりも少し元気そうに見える。


「いらっしゃい。今日は山田さんも一緒なのね」


「はい。なんかこの間よりも元気そうですね?」


 俺の挨拶に、お母さんはクスリと笑う。


「そうかしら? まだ本格的な治療は始まってないけど、心配事が無くなったお陰かしら?」


 どうやら俺が感じただけで、治療が変わったから元気になったわけではないらしい。


「それで、今日はどうしたの?」


「それなんですが——」


 俺は昨日考えた来栖さんの引っ越しについてお母さんに相談した。


「本当に、山田さんはお人好しですね」


 話を聞いたお母さんは、そう言って苦笑する。


「そんなの大丈夫です! これまでだって大丈夫だったし、それに今はほとんど山田さんの家に居るんだから、そんなのお金が勿体ないですよ!」


 俺の隣で聞いていた来栖さんが慌てた様子で言った。


「でも、これまで大丈夫だったのが運が良かっただけかもしれないし、世間は思ったより物騒なんだよ?」


 自分が考えるよりも物騒なのは間違いない。

 来栖さんは酔っ払いに絡まれた事があるし、俺だって、人に殺されそうになるだなんてあの日まで考えた事なかった。


 俺が来栖さんを説得しようと言葉を選んでいると、お母さんが口を挟んだ。


「それなら、一緒に住んじゃいなさい!」


「とんでもない!」


 お母さんの提案に、俺は反射的に大きな声で叫んだ。

 それを聞いて、来栖さんとお母さんが2人同時に「しーっ」と人差し指を顔の前で立てる。

 病院での迷惑行為に、俺は慌てて両手で口を塞いだ。


「あの、お母さん聞いてましたか? 澪さんを危険から守るための話をしてるんですよ。おっさんと同居なんて本末転倒でしょう」


 俺は一拍置いた後、苦笑いでそう言った。


「そう言える人だから、安心して澪を任せられると思うんだけど?」


 お母さんは呆れたように微笑む。


「それに、山田さんが手を出すならどれだけ対策したところで無意味だわ。だって、ほとんど2人で同じ部屋に居るんですから、ね?」


 お母さんの言う事はもっともで、俺は言い返す事ができなかった。


「ねえ澪、2人で住めば家賃も浮くと思わない? 今山田さんは2軒分家賃を払ってくれてるわけだし」


「確かに! 山田さんの家もセキュリティは弱いし、そうすれば問題解決だね!」


「来栖さんまで……」


 お母さんの言葉に、来栖さんも乗り気のようで、俺はタジタジである。


「だって、山田さんが事件に遭ったらお母さんは治療を受けられないし、それに……一緒に住んだら、山田さんは私に手を出すんですか?」


「絶対しないよ!」


 来栖さんが顔を赤くして言ったとんでもない言葉を、俺は慌てて否定した。


 また大きくなってしまった声に、俺は再び2人に注意されてしまう。


「それじゃあ山田さん、澪のことお願いね」


 笑顔のお母さんに押し切られ、結局俺は頷いた。


 しかし、2人が信頼してくれるなら、女の子の一人暮らしよりも安心な方法ではある。


 俺は2人の信頼を裏切らないように、誠実に来栖さんを守ろうと思った。









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