第12話 勉強の、話

 来栖さんが作ってくれた料理の献立を見て俺はいかに自分が子ども舌だったかを思い知らされる。


 今日は肉じゃがとけんちん汁だ。俺が頼んだのはカレーにハンバーグにオムライスで、和風の選択肢はなかった。


「来栖さんは何でも作れるなあ」


「スマホを見れば誰だって作れるし、献立だって思いつかなかったからお母さんに聞いたんですよ?」


 俺に褒められた来栖さんは嬉しそうにしながらも謙遜する。


 二人で食事をしながら話していると、自然と学校の話になった。


「学校は楽しかった?」


 俺の質問に、来栖さんは気まずそうに苦笑する。


「実は、学校に行くの久しぶりだったんです。生活するために学校に行っている暇なんてなかったから」


 それを聞いて、俺はしまったと思った。

 来栖さんの年齢なら学校に行っているのは普通だという固定観念があった。


 来栖さんはお母さんに内緒で冒険者をしていたくらいだ。学校に行く余裕があったのなら、あの日、あんなに追い詰められてはいなかっただろう。


 俺は気まずくならないように笑顔を作った。


「そっか、来栖さんは頑張ってたもんね」


 俺の言葉選びはどうやら失敗だったようで、来栖さんは苦笑したまま小さな声で「うん」と返事をする。


 今は沈黙が辛いので、俺は何とか話を繋げようと口を開く。


「それで、久々の学校は楽しかった?」


 咄嗟に話題を変えるボキャブラリーは俺にはなかった。


 しかし、俺の質問に来栖さんは答えてくれる。


「友達も3ヶ月会ってないと話しにくいみたいで孤立しかけたけど、声をかけてくれた子がいて。でも、勉強はダメダメでした」


 来栖さんは思い返しすように上目遣いで話した後、そう言って自嘲気味にペロリと舌を出した。


「勉強か。……多分忘れてるから教えてあげられないなあ」


「大丈夫ですよ。ノートを借りてきたから自力で何とかします!」


 来栖さんはやる気に満ちた様子で拳を握って笑う。

 どうやら暗い雰囲気は無くなったようだ。


「へえ、ノートあるんだ。今はどんなとこやってるんだ?」


「ちょっと待ってください。持ってきますね!」


 食事は終えていたので、来栖さんは食器を流しに持っていき、カバンからノートを持ってくると、来栖さんはなぜか向かいではなく俺の隣に座った。


「これですね!」


「ダメだ。全く分からん!」


 来栖さんの開いたノートは数学が分かりやすくまとめられている。

 しかし、俺は全く分からなかった。やはりすっかり忘れている。記号を使った計算なんていつからやってないことやら。


 俺が両手を軽くあげてお手上げのポーズをとると、来栖さんは悪戯を思いついたような表情に変わる。


「山田さんも一緒に勉強します?」


「勘弁してくれ! 俺はもう使わない事が分かっているんだ!」


 俺の悲痛の叫びを聞いて、クスクスと来栖さんが笑った。


 楽しそうなのはいい事だが、このまま勉強の話が続くと何を話せばいいか分からない。


 なので、俺は話題を変える事にした。


「この字は男子と見た」


 俺はノートの文字を指差してそう言った。綺麗にまとめられているが、文字は力強くて男性っぽい。


「え?」


「彼氏かな?」


 俺はしたことはないが、会社員時代、近くの女性社員達はいつも楽しそうに話していた

 若い子なら色恋の話をすれば楽しそうに話してくれるに違いない!


 そう思った俺の質問に、来栖さんはキョトンとした顔をした。


 俺の思っていた反応と違う。


「違いますよ、ただの同級生です。中学も一緒だったから気を遣ってくれたんだと思います」


 なぜからムッとする来栖さんからは、恋バナが広がる雰囲気は微塵も感じられなかった。


「そ、そっか。アイス食べよっか?」


 話を盛り上げる事に失敗した俺が定番すると、来栖さんは笑顔で「はい」と答えた。


 初めからこれが正解だったのかもしれない。


 俺は立ち上がると、冷蔵庫からアイスを2つ持ってくる。


 俺はシャーベット。来栖さんは女子高生らしいクレープアイスだ。


 俺がスプーンで氷をほぐしている間に来栖さんは大きな口でクレープアイスをほうばった。


 そして何ともいえない幸せそうな表情で咀嚼している。


「山田さんも欲しいですか?」


 顔を見つめすぎたのか、来栖さんは俺がアイスを欲しがっていると思ったようである。


「大丈夫。暑い日はどうもクリーム系はしんどくてね」


 そう言って俺はほぐし終えたシャーベットをすくって口に入れた。

 レモンの味が口の中をさっぱりさせてくれる。


「なんかそれおじさんっぽい!」


「いや、おじさんだからね?」


「えー? まだお兄さんだよ?」


 俺の言葉を来栖さんは否定してくれるので、俺は苦笑いで「ありがとう」と言った。


 アイスを食べ終わったら、来栖さんは帰る時間である。


「さて、今日からは送っていこうかな」


 来栖さんがカバンにノートを片付けて変える用意をしているところに、俺は声をかける。


「え、悪いですよ。これまで通り一人で帰れますから」


 急な俺の提案を来栖さんは遠慮すると、カバンを肩にかけて玄関へ向かう。


「今日テレビで今世間は物騒だって言ってたからさ。よくよく考えてみると、確かに女の子一人で夜道を歩くのは危険だし。これまで送っていかなかったのがダメだったんだよ。ほら、お母さんから来栖さんを預かってるんだから危険な目には合わせられないしさ」


「それじゃ、よろしくお願いします」


 言い訳じみた俺の説明に、来栖さんは渋々といった様子で頷いた。


「夜なのに星は見えませんね」


「まあ、都会じゃあんまり見えないよね」


 来栖さんに言われて空を見るが、見えるのはお月様だけだ。


「田舎だと綺麗に見えるんですか?」


「そうだね。たしか長野とかは綺麗に見えるんじゃなかったかな?」


 そんな話をしながら、俺と来栖さんは2人並んで夜道を歩いたのであった。






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