【コント台本】蛙の王子

アマモリ

本編

◆登場人物◆ー

男:30代。元声優の人。アナタが一番心が折れるタイミングで、声優事務所をクビになったと想像してください。それがこの人です。※実際は、現実はもっとエグいのですが。

老人:70代。質屋の店主。60歳、70歳まで独身で、質屋の仕事一本でやってきた人がその仕事で心折れる、というのは想像に難いです。それでも若者の前では前を向こうと姿勢を示せるこの老人は、きっと本当にいい人です。いい人過ぎて損をして、独特だから怪しげな。そんな老人像をお願いします。

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◆本編開始◆ー

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男、独白。舞台上に独り、スポットの当たるイメージ


男:「それは、海外ドラマのブームが一番の盛り上がりを見せていたときのこと。僕は・・・・所属する声優事務所をクビになった。若い声優がどんどんデビューしていく中で、僕みたいな鳴かず飛ばずな人間は負担でしかなかったんだと思う。・・・・これからどうしよう。憧れの世界で輝けない自分への情けなさと、これからの人生への不安で、弱虫な僕は部屋で何度も何度も泣いた。自分の存在を世界から否定されたような気がした。・・・・おじいさんと僕が出会ったのは、そんな時だった。事務所へ最後の挨拶に行った日、僕はおじいさんに声をかけられた。」


男が所属事務所へ最後の挨拶を終えて退出、テナントビルから道路へ出てくると、一人の老人と出くわす。男がすれ違ったところで老人の方から声がかかる。


老人:「あの・・・・もし?」

男:「はい?」

老人:「突然失礼致します。私、こういうものでございます。」

男:「お名刺?ええと・・・・質屋さん、ですか?」

老人:「はい。そこの角を曲がったところにある・・・・まあ、場末の質屋でございます。」

男:「ああ、あそこの。」

老人:「ところで。あなた今・・・・こちらの建物から?」

男:「ええ。はい。」

老人:「ええと、アクターズ・・・・?」

男:「アクターズ・ハム。声優事務所、ですね。事務所にご用ですか?ご案内しますよ。」

老人:「ああ、いえ。結構。事務所にご用があるんでは、ないんです。」

男:「え?」

老人:「こちらからおいでになったと言うことは、あなたは・・・・お役者さんでお間違えないですかな?」

男:「ああ、ええと、僕はどちらかというと声優・・・・声だけのですけど、そうですね。それに、元・・・・ですけど。」

老人:「もと?」

男:「今日でクビになったんです。今、最後の挨拶に。」

老人:「そうでしたか。ということは、声の役者さんは引退で?」

男:「いや、それは・・・・。まだ、決められてないです。ホント、どうしようかな、って・・・・。」

老人:「それはそれは都合が良い。」

男:「それ、どういう意味ですか?」

老人:「ああ、ごめんなさい。ついご無礼を。しかし、どちらかといえば今日は私、あなたに、ご用があるんです。」

男:「わたし?」

老人:「ええ。あなたに。」

男:「ええと・・・・残念ですけど、今は特に質入れできそうな物は持ってないな・・・・。」

老人:「ああ。」

男:「確かに、生活には困ってますけど。返すアテもないですし・・・・。」

老人:「そうではなくて。実は・・・・個人的にお仕事をお願いしたいのでございます。」

男:「仕事?声の、ですか?」

老人:「ええ。そうです。」

男:「個人的に?今の今で・・・・で、ですか?事務所にではなくて?」

老人:「はい。出来れば・・・・内密に進めたいのです。」

男:「あの・・・・ごめんなさい。ちょっとどういうことだか、反応に困ってしまって・・・・」

老人:「まぁまぁ。立ち話もアレですから、細かい話は私のお店で致しましょう。如何です?同道いただけますかな?」

男:「えーっと・・・・・・ごめんなさい。プロならここですぐに、受けるというのが、あるべき姿なんでしょうけど・・・・。」

老人:「どうされます?」

男:「何故、僕なんです?」

老人:「何故?」

男:「ええ。きっと僕の声だって今、初めて聞いたはずなのに。」

老人:「・・・・簡単ですよ。ここに私が来た。そうしたら、そこにアナタが出てきた。それだけのことです。でも、それで十分じゃありませんか?ヒトの縁というのは。」

男:「はぁ・・・・。」

老人:「そのご様子・・・・きっと今アナタ、私のこと、胡散臭い、と。そう思っておりますでしょう?」

男:「え?いや、そんなことは!」

老人:「ありますかな?」

男:「・・・・ちょっとだけ。」

老人:「(少し笑って)いいんですよ。質屋の人間なんて胡散臭いぐらいが丁度良いんです。職業病のようなものだと思ってください。まぁ、とにかくお話だけでも聞いてってください。どうせご予定も無いのでしょう?」

男:「さらっと失礼だな。・・・・わかりました。じゃあ、お話だけ。」

老人:「ありがとうございます。ささ、こちらです。」


二人は老人の質屋へ。

興味津々に陳列された品々を眺めながら男の独白が行われる。


男:「おじいさんのお店は、そう広くもない店舗の中に、所狭しと質流れになった品々が陳列されていた。古めかしい家具や装飾品といった骨董品のようなものもあれば、電子楽器や電化製品も置いてある。どちらかと言えば、質屋と言うよりもリサイクルショップといった方が似合う雰囲気のお店だった。・・・・僕が珍しげに陳列棚を眺めていると、おじいさんは仕事について話し始めた。」


老人が腰掛けつつ話し始める。男も促され、追うように手近な椅子に腰掛ける。


老人:「もう3ヶ月ほど前のコトになります。この店に、アメリカ人の若者がやってきましてね。相当、お金に困っていたのでしょう。かなり慌てた様子で、『1000円でも2000円でもいいから、これを質入れしたい!』と、言ってきたんです。」

男:「それは・・・・ブルーレイ?いや、DVD、ですか?」

老人:「はい。これには、アメリカで制作された短編ドラマが記録されていました。彼が言うには、『この作品は制作した団体が既に解散し、著作権が放棄されているものだ。これを日本で放送しようと仕入れたところで、会社が倒産してしまった。だからこれを質入れしたい。』ということでした。」

男:「ということはそれ、ただの中古DVD、ですよね?海外の。」

老人:「そうなります。こんなもの、中古屋に持っていっても1000円の値段もつかないでしょう。買取を断られる可能性だってある。さて、私はどうした物かと悩み、彼の話をもう少し聞いてみることにしたのです。」

男:「それは、どうして?」

老人:「物を大事にするというのは、なにも傷がつかないように丁寧に扱うことだけではございません。例え傷がついても、ついた傷を慈しみながら物と付き合う。その内、これはあの時についた傷だ。と、傷一つ一つに思い出が馴染み、傷一つ一つに名前がついていく。そんな傷たちも含めて、物が掛け替えのない存在へとなっていくこと。これが、大事に扱うと言うことであり、絆、なのです。私は、質入れ品と持ち主の間にある絆も含めて査定し、今まで質屋を続けていたのですよ。」

男:「でも、DVDなんてものは、いくらでも複製が出来ます。それに思い入れや絆というのは、少々無理があるのではないでしょうか?」

老人:「肝心なのは、これに記録された物にどれだけの価値を彼が抱いていたか、ということです。彼はこう言ったのです。『もしこのDVDが質流れになったら、質屋さんがこれを売り出してもかまわない』と。それは当然と言えば当然ですが、普通のDVDと大きく違うところでもあります。彼は、この作品を日本の皆さんにも観ていただきたかったようですね。日本語に吹き替えて、生産して、販売する。どうあっても市場に売り出したいと思うほど、この作品への思いが強かったのです。そうした彼の思いと、それを一生懸命に拙い日本語で伝えてくる彼の熱意を担保にして、私は結局彼に、1万円を貸しだしたのです。」

男:「1万も!?」

老人:「はい。・・・・結局こうして、質流れになってしまいましたがね・・・・。」

男:「そうか・・・・。何か事情があったんでしょうか、それとも・・・・。」

老人:「今となっては・・・・。それに、こちらよくご覧ください。パッケージの裏に書いてある制作団体のお名前、おわかりになられますか?」

男:「えーと・・・・ユニバーシティカリッジムービークラブ?」

老人:「ユニバーシティ大学映画研究部・・・・。おそらくこれはあの若いアメリカ人の、個人制作のドラマだったのです。たしかに団体は解散済み。著作権もありはしない。彼の言葉に嘘はありませんでした。」

男:「これは・・・・おじいさん。人が良すぎるんですよ・・・・。」

老人:「自分でも、そう思います。そしてここからが、あなたにお願いしたい仕事なのですよ。」

男:「え?まさか、そのアメリカ人を探せ、と?」

老人:「いえいえ。違います。・・・・これはこのDVDと一緒に彼が持ってきた台本です。ここに記録されたドラマの日本語訳です。」

男:「まさか・・・・!?」

老人:「彼は確かに、この作品を売り出したかったのですよ。いや、この台本も含めて彼のついた巧妙な嘘なのかもしれません。しかし、質流れになった以上、この作品は既に私の物。著作権も放棄されています。私はこのドラマを、私の手で市場に売り出したいと思っているんですよ。彼のついたかもしれない嘘を、本当に変えてみたいのですよ。」

男:「だから、この作品の吹き替えを、僕に?」

老人:「左様でございます。・・・・正直、売れるという見込みはほとんどございません。誰か著名な方が出演しているわけでも、制作しているわけでもございませんし、キチンと作ってみないことには、作品の善し悪しも私には、わかりませんから。」

男:「それだったら、なんで尚更事務所に行かなかったのです?個人的な依頼をするよりも、事務所の後ろ盾が合った方が確実に売り込んで貰えるじゃないですか?」

老人:「仰る通りです。ですが、このような個人制作の作品ではお願いするのも忍びない。」

男:「確かに・・・・。」

老人:「ですが、私には責任があるのですよ。事実として、この作品に情熱を持っている人間に、それを担保にお金を貸した質屋としての責任が。私は、彼に変わってその情熱に報いてみたくなったのです。・・・・などと、まるで聖人のようなことを言ってますがね。一番の理由は・・・・もう、ここを閉めようと思っていましてね。」

男:「閉める?質屋を?」

老人:「はい。私には子供も妻もおりませんし、質屋を名乗る割には、高価な物を持ち込まれても貸し出せるだけのお金に余裕が・・・・まぁ無くなってきてしまいました。今回の件で人を見る目にも自信が無くなってきてしまいましたし・・・・。流れたものを別の方にお譲りして、そろそろ隠居しようかと。こんなお人好しの集めた物が実際幾らになるのか、分かりませんがね。」

男:「だから、価値の無い物を少しでも価値のある物にしよう、と?」

老人:「はっはっはっ。そうなれば嬉しい限りなんですがね。・・・・でも、確かにそうでございますね。なんといいますか、私もちょっとだけ、足掻いてみたくなったのです。」

男:「足掻く?」

老人:「質屋という仕事は、人が作った物に値段を付けてお金を貸す。返ってきたら物を返し、返ってこなければ売りに出す。その繰り返しです。・・・・最近、考えるのです。じゃあ、私は?・・・・私の作った物は、いくらの値段がつくのだろうか?とね。どんなに人の役に立っても、どんなに物が集まっても、自分の値段は不動の物です。お店をたたむ前に、隠居をする前に、自分の値段を社会に問うてみたくなったんですよ。」

男:「自分の、値段・・・・。」

老人:「脱線してしまいましたね。改めてお願い致します。このドラマの吹き替えを引き受けていただけませんか?アナタのキャリアにメリットは何一つないかもしれません。ですが、私の質屋としての最後のワガママ。どうか。よろしく、お願い致します・・・・!」


男の独白。彼にだけスポットライトがあたったようなイメージ。


男:「僕は『今日は一度持ち帰らせてください』と頼んで、お店を後にした。おじいさんは、『この仕事の報酬は売り上げによるから満足に出せないだろう』とも言っていた。けれど、僕の悩みの原因は金額ではなかった。自分に果たして、この仕事が勤まるだろうか・・・・。おじいさんがあれだけの熱を持っているのに、僕はそれに応えることが出来るのだろうか・・・・。そんなことを、自信の無い僕はずっと考える。・・・・だけど、おじいさんの言った、『自分の値段を社会に問う』という言葉がずっと脳裏に焼き付いていて消えなかった。そして・・・・」


老人:「本当にありがとう。これからは仕事仲間と言うことですな。これが、その台本でございます。どうぞよろしく。」


男:「こうして僕はこの仕事を引き受けることになった。おじいさんの熱意に浮かされたのもあるけれど、僕も自分の値段を社会に問いたくなったんだ。確かに事務所はクビになったけれど、僕はまだ、自分の値段を社会からは聞いていない。社会から聞くまでは、足を止めてはいけない。そう思うことにした。・・・・おじいさんから受け取った台本の表紙にはタイトルが英語のまま書かれていた。プリンス・オブ・フロッグ。直訳で・・・・蛙の王子、だろうか?なんだか妙なタイトルだと思いつつ読み進めてみるとこれは、大きな湖に住む蛙の王子が人間の女性に恋をして、魔法使いに人間に変身させて貰う、と言った、どこかで聞いたことのある童話のような話だった。けれど、それを現代という世界観の中に上手く落とし込んでいて、話はなかなか面白い。原文が良いのか、それとも訳した人が上手いのかはわからないけれど、しっかりと熱意を持って描かれた作品であることは台本から伝わってきた。収録当日、僕はこの王子の台詞を何度も何度も練習して自分の物にし、録音場所の質屋へと向かった。・・・・これは・・・・古いですけど立派な収録機材ですね・・・・!」


男が案内されたのは質屋の奥に設置された録音セット。(規模は想像に任せる)


老人:「録音したら、後の編集や、パッケージなんかは、馴染みのカメラ屋にお願いすることになってます。流石の私もコンピュータは詳しくなくて。」

男:「え?おじいさんが機材を操作するんですか?」

老人:「質屋をやっていますとね、古い物はモチロンですけど、新しい物にもある程度詳しくなる物なんですよ。特に電化製品なんかは、使い方が分からないと値段の付けようもありませんし。」

男:「じゃあこの機材も?」

老人:「ええ、質流れ品です。閉鎖になったスタジオのオーナーから頼まれましてね。これほど古いものになると、買い取る業者もいないそうですから。」

男:「おじいさん・・・・。人が良すぎるんですよ・・・・。」

老人:「はっはっはっ。でもだからこそ今、こうしてあなたとお仕事が出来るんです。・・・・さぁでは、早速始めましょう。」

男:「よろしくお願いします。」

老人:「と、あー、ごめんなさい。こういうのはアナタの方が詳しいと思うんですが・・・・いつもはどういう手順で録音はされていらっしゃるんですか?」


男の独白。


男:「僕は、おじいさんにマイクテストやリハーサルをお願いした後、本番を録音した。僕の芝居に対するおじいさんの評価は上々で、やればやるほど無くしていた自信が沸いてくるようだった。心配だったのは、本当にちゃんと録音されているのか、ということだったけれど、確認してみると問題は無いようだった。・・・・『例え正体は蛙でも、私は彼女を、愛している!』」


老人よりカットがかかる。


老人:「・・・・はい。お疲れ様でございます。ちゃんと録音もされておりますよ!」

男:「ありがとうございます!」

老人:「今ので前半の王子が終わり・・・・ですな。この調子で後半も、よろしくお願い致しますよ!」

男:「え?後半?」

老人:「ええ。言っておりませんでしたっけ?あなたにお渡ししている台本はまだ前編で、まだ後編があるんですよ。面白いですよぉ。後編では、大量発生したイナゴを王子達が食べ尽くして畑を救い、それを愛しの彼女に見られた王子は、湖に帰っていくんです。」

男:「それは面白そうですねぇ。引き続き、頑張らせていただきます!」

老人:「それでは・・・・今日はこれからどうしましょうかね?」

男:「いやいや、流石に急に後半は厳しいですよ。」

老人:「ああええ。わかっております。じゃあ、次は・・・・魔法使いでよろしいですかね?」

男:「はい?」

老人:「はい?」

男:「魔法使いでよろしいですかね?・・・・というのは?」

老人:「台詞の録音ですよ。魔法使いの。」

男:「僕がやるんですか!?」

老人:「アナタ以外に誰がやるんですか!?」

男:「いや!そんな!ムリですよ!」

老人:「ムリ?じゃあ・・・・ああ、では愛しの彼女の方からやりましょう!」

男:「もっとムリですよ!」

老人:「じゃあ、何だったら出来るんですか!?」

男:「まさか・・・・これの登場人物全部、僕1人でやるんですか!?」

老人:「最初からそうお願いしているじゃあありませんか!」

男:「聞いてないですよ!1人で全部なんてムリです!」

老人:「けれど、落語家さんだとかは男も女も全部1人でやっているではないですか!?」

男:「吹き替えって言うのは、そういう物じゃないんですよ!その作品の雰囲気や話の善し悪しも吹き替えで決まると言っても過言じゃない!それを全部1人でやるだなんて、そんなものじゃお金は取れませんって!」

老人:「落語や漫談でお金を取るのはオカシイってことですか!?」

男:「そうは言ってないですよ!・・・・とにかく、男性の役ならともかく、女性の役はちゃんと女性の役者さんを連れてきていただかないと!」

老人:「それこそ、私には、ムリでございます。」

男:「・・・・何故?」

老人:「・・・・恥ずかしいもん。お声を掛けるの。」

男:「・・・・ここまでやっておいて何ですけど、ごめんなさい。今回のお話、失礼させていただきます。」

老人:「そんな!?待ってください!」

男:「・・・・僕はね。おじいさんの言葉に動かされてこの場に立っているんです。事務所をクビになったとき、まるで自分の存在を全部否定されたような気がしました。けど、それは事務所が僕に付けた値段です。だから僕も、社会に自分の値段を問おう、ってそう思ったんですよ。けど、これでは。・・・・こんなやり方では僕は値段を問えません。どんなに!どんなに頑張ったって、シュールな・・・・滑稽な作品になるに決まってるじゃないですか!」

老人:「そんなこと、やってみなければわかりません!」

男:「わかりますよ!・・・・(作中の女性になって)『今朝家を出たらね、雨が降っていたの。けどね私、傘をささなかったの。なんでかわかる!?』(作中の王子になって)『そりゃあもちろん、肌に潤いを与えるためさ!』(作中の女性になって)『あら!アナタってセンスないのね!』・・・・(戻って)ねぇ?わかったでしょ?これでも僕に全部をやらせるおつもりですか?」

老人:「今はそうかもしれません。でも、あなたならきっと出来ます。」

男:「作品もなぁなぁ。配役もなぁなぁ。・・・・正直、馬鹿げています。」

老人:「それでも私は、あなたにお願いしたいのです。」

男:「・・・・短い間でしたけど、ありがとうございました。少しでも自信がついたことには、変わりはありませんから。じゃあ、制作、頑張ってください・・・・。」

老人:「思い上がるのもいい加減になさい!・・・・・・私と出会ったときのアナタのように、チャンスを手に入れることもないまま夢を諦めていった人間がどれだけいるとお思いですか!?今アナタは、チャンスがすぐ目の前にあるのに、常識に捕らわれることでそこから逃げようとしている!これが理不尽だ、駄目だと誰が決めました!?その自分のモノサシを越えれば新しい自分に出会えるのではと、何故思えないのですか!?」

男:「・・・・!」

老人:「私に言わせれば、アナタの方こそ、アナタの方こそ・・・・えー、井の・・・・井の中の・・えーっと何ページだったかな・・!(台本をめくり)」

男:「え・・・・。後半の台詞なのそれ。」

老人:「あった!か、かえる!井の中のかえるだ!」

男:「かわず、って読むんですよ!そういう時は!」

老人:「アナタの方こそ、かわずの中のかわずだ!」

男:「意味変わっちゃってますよ!」

老人:「(咳払い)(台本をめくり)えーっと・・・・王子。怒った顔も、かわいいですぞ。」

男:「うるさいよ!・・・・後半そんな台詞もあるんですか!?」


ここで加速したやりとりを一度リセット


老人:「あなたは、滑稽、と言いました。滑稽な作品ならば、自分の値段は正しくつかない、と。しかし、それを誰が決めましたか?・・・・滑稽。結構じゃあありませんか。その滑稽の中にある役者の熱意。最初は、変だな、おかしいな、と思った人達がそれに慣れてきて、段々と作品の世界に引きつけられていく。そうなれば、滑稽でもなんでもない。見ている人に作品は伝わるのです。だから落語は、面白いのです。」

男:「それは確かに、そうですけど・・・・。」

老人:「1人で全てを演じなければならない。ではなく、1人で作品全てを演じることができる。・・・・むしろ、それこそアナタの真価が問われている、そう考えるわけには、参りませんか?」

男:「・・・・どれだけ時間がかかっても、知りませんよ?」

老人:「大丈夫。私の寿命までに終われば良いのです。・・・・アナタも今、お暇でしょう?」

男:「さらっと失礼だな。・・・・わかりました。最後まで頑張らせていただきます。」

老人:「はい。どうぞよろしく。」


ここからの独白は、たっぷりどうぞ


男:「その日から僕とおじいさんの二人三脚は深みを増した。日替わりでキャラクターを変えながら、僕が満足するまで収録を何度も何度も何度もやり直した。質屋で寝泊まりすることもあるぐらい、朝から晩まで何度も何度も。そうして半年の時間をかけて、僕たちの作品、蛙の王子の収録が完了した。・・・・収録が終わると、おじいさんはすぐさま編集をカメラ屋さんにお願いし、数日後、完成の連絡が来た。僕たちは質屋の設備で上映会をした。・・・・きっと、これが良い作品だからなのだろう。僕は涙が止まらなかった。涙の味は、半年前とは少し、違うような気がした。」


老人:「本当に有り難う。君のお陰で、私という存在を形で残せた。そんなような気がします。」

男:「やめてください、仰々しい。それに、商品として作ったからには売り出さないと。僕らの値段、みんなに査定して貰うんでしょう?」

老人:「そうですな。・・・・正直なお話、最初は売れても売れなくてもいいとさえ思っていました。作品を作った。それだけでもう、十分じゃないか、と。けれど不思議なもので・・・・今ではこれが売れてくれないと非常に悔しい。」

男:「僕も・・・・売れなければ芝居の世界から脚を洗おう。なんて、そう考えていました。けど、今はやっぱり・・・・悔しい、ですよね。」

老人:「ええ。悔しい。本当に悔しい。私のためと言うよりもアナタのために、私は多くの人にこれを買って頂きたいと思います。」

男:「ありがとうございます。僕も精一杯お手伝い致しますよ!」

老人:「さて、売り出すとなれば・・・・タイトルはなんと付けましょうかね。奇跡の湖・・・・なんて付けたらジジ臭いでしょうかね?」

男:「え?元のタイトルがプリンス・オブ・フロッグなんですし、無難にカエルの王子とか、カワズの王子では駄目なんですか?」

老人:「いえいえ。そんな名前では縁起が悪い。」

男:「何故です?」

老人:「だって、タイトルに蛙なんて入っていたら、どなたも買わず(カワズ)に帰る(カエル)でございましょうから。」


お後がよろしいようで。

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