#2 ハーピーのお嬢様学校

野生のハーピーたちのあの獣じみた醜さときたら。髪は雲脂ふけだらけ、鋭い牙と爪は不潔に伸び、浅黒い肌は乾ききったゴムのようになっている。羽毛もボロボロだし、何よりアイツらはひどい音痴だ。それに比べて、禽小屋で飼われているハーピーたちの可愛らしいこと。木板とビニル製の網で大工がつくった彼女たちの家は、炭鉱町の坑夫の間では学舎まなびやとかお嬢様学校などと呼ばれていた。昼夜を問わず、よくお歌の練習が聞こえてきたからである。ハイ、いち、に、さん! いち、に、さん! 半人半鳥はひとの言葉を理解こそしないものの、声を真似るのは得意らしい。月がきれいな夜のこと。ちょっとあんたたち、もっと上手に歌いなさいよ! と、中等部のハリキリ屋が喚いている。止まり木に並んだ同級生たちはちょっと及び腰。それを見てまたカチンとくる。ねえ、あたチたちの使命は何? えっ、お歌をうたうこと? 全然ぜんッぜんちがう! 彼女が小屋じゅうを狂ったように飛び回り、羽根と、麦わらと、土埃が舞い上がる。ただお歌をやるんじゃないの! あたチたちのお歌で坑夫さんたちを元気づけてあげなきゃいけないの! 彼女たちの世話は町の当番の持ち回りで、中にはハーピーたちを無視したりバケモノ扱したりする意地悪もいたが、時どき優しい人間が歌を教えてくれたり体を撫でてくれたりするのだった。学舎のどのハーピーもその優しさに応えたい気持ちは一途で、こんなふうに熱心すぎてヒステリックになる娘もいるのだ。さあ、もう一回さいしょから! あたチも一緒にうたってあげるから、さん、ハイ、縦坑三千尺下れば地獄、死ねば廃坑の土となる! そのとき、ガチャガチャと上から音がした。ああ、またか。と、彼女たちは思う。トタン屋根の上を野良のハーピーが歩いているのだ。穢らわしい。この頃、お歌の練習をしているとギャーギャーと騒いでやけに邪魔してくる。ほら、今夜も。耳障りなギャーギャーは夜更けまで続いた。やっとアイツが飛び去ったあとの夜のしじまで、ハーピーの淑女たちは身を寄せあって美しい声で密話する。ねえ、練習しないと、あんなふうになっちゃうのよ。嫌よ、ぜったい。あたチも、きっといっぱい練習する。そうして、練習に明け暮れた季節が過ぎて。その日は、朝っぱらからやけに騒がしかった。噂好きのハーピーによると、どうも意地悪な人間と優しい人間とが喧嘩していたらしい。隣のクラスの子が見たんですって。まあ、覗き見なんてはしたない。でも、心配よ、何かあったのかしら。そんな会話をしていると、例の優しい人間が鍵を開けて中に入ってきた。もちろん、ハーピーたちは大はしゃぎ。みんな彼のことが大好きだったから、ここぞとばかりに美しい声で歌をうたう。ねえ、あの人、鳥籠を持ってない? 合唱のさなか一羽が目聡く気付いた。本当だわ! 飛び級よ、飛び級よ! 炭鉱にお供できるハーピーは決まって高等部のお姉さんだったが、稀にこうしたイレギュラーが起こるのだ。籠に入れられたのはあのハリキリ屋だった。やったわ、あたチ、選ばれたのよ! 羽根と、麦わらと、土埃。ハーピーのお嬢様学校は狂喜に包まれた。他の同級生たちも誇らしくて、オメデトウの歌で送り出す。あんたたちも、もっと、もっと、一生懸命お歌の練習に励むのよ! シャンシャンと揺れる鳥籠の中で。別れを惜しみながら、彼女は最後の最後まで美しい声で歌をうたい続けたという。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る