第25話 闇落ち系ヒロインの得意魔法

「んじゃあ、午前の授業はこれで終わる。午後もしっかり学ぶように」


 ルイス先生がそう言った後、チャイムが鳴る。

  

 学園生活5日目の昼休みの時間。

 

 クラスの雰囲気にも慣れて、少しは緊張もほぐれつつ……あるはずなのだが。


「ご飯食べたら、すぐ訓練所集合ね!」

「ペアでの試験ってことだからコンビネーションとかも大事なんじゃないっ」

「やっぱり、今から対策考えていた方がいいよねっ」

「私、こんなところで絶対退学なんてしたくないっ」

 

 クラスを見渡せば、緊張がほぐれるどころか……緊張感が増していた。

 授業中も、休み時間もそうだった。


 まあ『退学』っていうワードを出されたんだ。

 必死になるのは当然か。


 放課後になってからも、クラス専用の訓練所には多くの生徒たちが残り、黙々と鍛錬を続けている。


 俺も一緒に残ろうと思ったんだけど……シェフィに頑なに止められたんだよなぁ。


『それは絶対にダメです。アーク様がいたら皆様、集中できなく……いえ、集中も脳内も乱れます。アーク様が必ず。無防備な姿を見せると思いますからね』


 やけに真剣な表情でそう告げられて、仕方なく引き下がるしかなかったのだ。


 皆が集中できなくなるのはあれかな? 

 俺が入学試験上位だから、そういうのもあるのだろう。

 

 でも無防備だなんて俺、ダラダラ鍛錬するわけじゃないんだけどなぁ……。


 俺も気を抜いているわけでない。

 

 帰宅後は、筋トレやティアナとの魔力強化の特訓を続けている。


 けど、学園では……やっぱり、楽しみたいじゃん!


「アーク様、本日の昼食はどういたしましょうか」

「そりゃ、食堂だろっ」


 あんないい場所知ったら行くしかない。

 それに、料理もまだまだ食べ足りないからなー。


「アーク様ならそう仰ると思いました」

「まあここ最近、ずっと食堂だからなー。じゃあ今日も一緒に行ってくれるか、シェフィ?」

「はい。わたしはアーク様のお傍におりますから」

  

 そうだよな。シェフィは学園では従者である。

 俺が行くところについてこないといけないのかもしれないけど……。


「でもたまには俺から離れて、好きなところに行ってもいいからな」


 ずっと俺の隣じゃ疲れるだろうし……そう思って口にしたのだが。


「いえ、絶対に嫌ですから。もう2度とそんなこと言わないでください」

「へっ」


 シェフィはさらりと断言した。

 まさかそう返されるとは思わず、間抜けなが漏れてしまった。


 シェフィは仕事熱心というか、忠誠心が高いというか……。

 ま、まあ悪いことではないからなっ。


 でも俺……悪役だし、シェフィを危ない目に巻き込ませたくないのだけどなぁ。

 まあ、その時は俺がちゃんと守るけどさ。


「それで、アーク様。本日の昼食については、にも意見を聞いてみましょう」

「おう、そうだなー……って2人?」


 ティアナ待ちじゃなくて? と、首を傾げた時だった。


「ん、アーク。シェフィお待たせ」


 背後からティアナの声がして振り向く。

 

 と……シェフィの言うことが分かった。

 今日はいつもとは、ちょっと違うみたいだ。


「今日からクロラも一緒にお昼食べていい?」

「ティアナちゃん……私なんかが一緒に申し訳ないよ……っ」


 周囲を気にしており、ビクビクとした様子でティアナの隣に立つのは、黒髪が腰まで伸び、前髪が長くて目元が隠れがちな女の子……クロラである。


「なんか、じゃない。それに私がペアのことを話したから教室で1人は居づらいでしょ」

「そ、そんなことないよっ。あの時はびっくりしたけど、ティアナちゃんに誘ってもらえて嬉しかったし……それに、お2人にも優しくし接してもらえて嬉しかったし……」


 ふむふむ……ティアナとクロラの仲は良いみたいだな。

 

 2人とも小等部からこの学園に通っているみたいだし、何かしら接点があったのかも。


「それでアーク、シェフィ。クロラも一緒でいい?」

「ティアナが言うならもちろん、いいぞ」

「わたしも構いません」


 俺とシェフィは頷く。


 それに……クロラは闇落ち系ヒロインの気配がするからな。

 のちに俺の破滅フラグにも繋がってくるかも。

 

 闇落ちしないためにはどうすればいいか?

 簡単だ。

 傍にいて、向き合って、元気づけるのみ!!


「クロラも俺たちと一緒に食べてくれないかな?」

「え、あ、は、はい……」


 柔らかな声を掛ければ、クロラはこくん、頷いてくれた。


 昨日はネガティブな性格なのかなと思っていたけど……ちゃんと向き合えば大丈夫そうだな。


「で、アークはまた食堂に行きたいって言ってる?」

「言っておりますね」

「ん、やっぱり。アークは普通の男子と違うから」


 ティアナとシェフィが謎に頷き合っている。

 こっちも仲良いな。


「食堂の飯が美味いのもあるけど……食堂以外の選択肢なくない?」


 俺たちはお弁当を持参しているわけではないし、今から屋敷に帰ってメイドさんたちにご飯を作ってもらうのも申し訳ないしな。


 俺がそう返すと、ティアナとシェフィは「確かに……」という顔をしていた。

 

 そんな中……クロラが小さく手を上げた。


「よ、よろしければ……わ、私の行きつけのお店に行くというのもありますが……」

「え?」

「あっ、す、すみませんっ! い、嫌ですよね……私なんかの行きつけのお店なんて……」


 慌てて縮こまるクロラに、俺は首を振って。


「嫌じゃないからね。だから俺の話も少し聞いてくれるかな?」


 そう声を掛ければ、クロラが落ち着きを取り戻した。


「クロラの行きつけのお店は気になるけど、昼休みの時間内に戻ってこれるかが心配でな? それでさっきは、『えっ?』って言っちゃって……。勘違いさせてごめんな」

「い、いえっ。私こそ勘違いして……す、すいませんっ」


 昼休みの間に家に帰ったり、外で食事をすることは可能だ。

 だが、時間内に学園へ戻ってこなければならないというのは当然あるわけで。


 クロラが言う、行きつけのお店が学園の近くにあればいいけど……。


「それならクロラがいれば問題ない。クロラはそういう魔法が得意だから」

「魔法が、得意?」


 そう呟いてクロアを見れば……こくこくと頷いていた。


「さ、さすがに教室ではあれなので……場所を変えてもらえれば、使うことができますけど……」

「ほうほう」


 そこで俺たちは空き教室に移動した。


 食堂の気分であったが、今はクロラの使う魔法というのが気になる。


「ん、クロラお願い」

「は、はい……。《ワープ》」


 ティアナに促されてから、クロラが魔法を唱えた。

 

 視界が一瞬ぐにゃりと歪み……。


「ん……お、おお!?」


 次に目を開けた時、俺たちは喫茶店のような建物の前に立っていた。


 さっきまでは確かに空き教室にいたのに、今は外でしかもお店の前で……。


「もしかして、クロラが得意な魔法って……」

「は、はい。私……瞬間移動などの空間魔法が得意なんです。得意というか、他の魔法は全然ダメで……。お姉ちゃんは剣も魔法も一流なのに、私だけこんなのしか使えなくて……」


 クロラの声がどんどん沈んでいく。


 家柄ゆえの重圧とか、姉妹間での比較や色々と大変なんだろうけど……。


 だけど俺としては……こう思うのだ。


 いやいや……強くね?



◇簡単な人物紹介◇


クロラ・ピストン


黒髪は腰まで伸び、前髪が長くて目元が隠れがちでネガティブ気質。

ぱっと見は地味な容姿であるが本当は……。


四大貴族の1つであるピストン家の次女。

戦闘系の魔法や剣術は苦手だが、《ワープ》を始めとした空間魔法は得意。

風紀委員長で2年のプレス・ピストンは姉である。


 

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