第7話 粋晶石(すいしょうせき)

  かつて徐令(じょ・れい)は、天霊根(てんれいこん)の驕子(きょうし)として意気盛んだった。月潭(げったん)周辺で低級妖獣を掃討する任務を率いた帰路、探索に長けた师弟たちが名もなき渓谷で粋晶石(すいしょうせき)を発見し、歓声を上げた。品相は最高級ではないが、予想外の収穫である。


  当時の徐令は高みにあり、そんな材料など眼中になかった。本命法器(ほんめいほうき)にせよ何にせよ、必要な材料は宗門が必ず調達してくれた。师弟たちの騒ぎを「小利に目が眩む浅はかさ」と冷笑し、現場すら見向きもしなかった。ただ月潭から遠くない渓谷付近という漠然とした記憶だけが残る。


  記憶はかすみ、歳月も流れた。だが今、彼が粋晶石を迅速に入手する最善の道はほぼここしかない。宗門内で買い集める方が早いかもしれないが、注目を浴びるのは愚策だ。


  仔細に回想すると、あの任務は入門後三、四年目のころ。今は丁度三年目だ。粋晶石がまだ静かに眠っているかは定かではないが、試す価値はある。


  さらに、転生後まだ宗門を一歩も出ていない。そろそろ外気を吸う時だ。煉気十二層頂点の実力があれば、危険地帯に深入りせず、強大な妖獣や強盗修士を避ける限り、月潭までの道中は問題ない。


  ただし貴重な外出機会を一回浪費する。前世では凡俗の家族を顧みなかったが、転生後は修行が断情絶愛を求めないと悟った——王二狗(おう・にぐ)に廃功された時、周囲が一瞬で離反した苦い経験から、真心あるのは血縁だけと知ったのだ。故に今生では毎年帰省する。


  「功績点(こうせきてん)のため、来年まで待て」


  徐令は溜息をつき、功績堂を離れて外出登録執事処へ向かった。


  手続きは簡素だ。「功法の壁を突破すべく静地を求む」という煉気弟子にありがちな理由を述べると、執事弟子は顔も上げず、身分玉牌(みぶんぎょくはい)を確認し、未使用の外出回数をチェックして「離山符(りざんふ)」に刻印を押した。


  「有効は五日。期限超過は門規違反だ」


  「承知」


  玉符のひんやりとした感触に、徐令の胸は熱を帯びた。束縛なき五日間——それは機会を意味する。


  精舎(しょうじゃ)で身軽に準備した。干し肉、水筒、基礎回復丹薬、そして下品霊石(げぼんれいせき)三つ。目立たない灰衣に着替え、離山符と玉牌を懐に収める。


  暁霧(ぎょうむ)が残る精舎の扉を押し開け、西北の月潭方面へと駆け出した。


  煉気十二層の神識(しんしき)を十丈(約30m)に張り巡らせ、周囲の気配を警戒する。途中で遭遇した鋼牙猪(こうがちょ)や鼠頭鳥(そとうちょう)などは、霊力を消耗する術法を使わず、身法と鉄剣で血臭を残さず処理した。取れた妖核(ようかく)は雀の涙ほどの価値だ。


  二日後、風塵(ふうじん)にまみれた徐令は複雑な山岳地帯に立った。遠くに月潭の灰色霧気が臭気と共に立ち込める。記憶と地形を照らし合わせ、二つの丘の間を縫う清流に目を留めた。


  「……この辺りだ」


  渓流沿いに遡り、岩石や淵を神識で丹念に探る。一時間が過ぎても発見できず、徐令の眉間に皺が寄る。


  探索範囲を広げようとしたその時、渓流の屈曲点で足が止まった。水速が緩み、淵を作る地点——水中に半ば沈んだ巨岩の底面で、水と砂礫(されき)の隙間から、かすかな金色の星屑のような光が漏れている。


  「粋晶石だ!」


  胸が高鳴る。前世で蔑(さげす)んだが、眼識は残っている。あの淡金色の輝きは、天然の粋晶石鉱脈に特有のものだ。


  周囲を確認し、慎重に渓流へ入る。巨岩の隙間に指を差し入れ、柔らかな霊力で周囲の泥をかき分ける。


  ガサリ……


  鶏卵大から鳩卵大までの灰色鉱石四つが水中から現れた。一つを割ると、内部から淡金色の透明な結晶が現れる。


  「残っていたか」


  三十功績点が手中に。残り三つも霊気を放っている。


  収穫を収納袋(しゅうのうたい)へ入れようと立ち上がった瞬間、巨岩の底面に異変を認めた。


  粋晶石を覆っていた泥が剥がれ、平坦な岩肌が露出している。そこに——


  水中光が揺らめく裂け目から、微かに動く影が見えるではないか!


  同時に、古の息吹のような気配が裂け目から滲み出てきた。天地霊気とは全く異質で、永き眠りから微かに目覚めようとする重圧感。


  徐令の瞳孔が縮む。神識を極限まで集中させ、霊力で凝らした水珠(すいしゅ)を岩肌へ飛ばした。


  ポトッ


  水珠は触れるより早く消え去った。蒸発したのか、それとも岩の中の何かが飲み込んだのか——


  「この岩の奥に……何かが?」


  粋晶石の喜びは消え、警戒心と抑えきれぬ好奇が胸を占めた。

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